漢方治療の実際
★耳鳴り・耳閉塞★
耳鳴の多くは、気の上衝による起きます。また胸脇苦満のある場合は柴胡剤を、水毒の症状のある場合は利水剤を用います。また、腹診上、小腹不仁(臍下部の脱力)があり、腎虚を呈するものには八味丸を用います。
慢性化した耳鳴は現代医学での治療が無効な場合が多いのですが、漢方に於いても難しい症状の一つではあります。しかし、時に著効を現すこともあり、トライしてみる価値は充分にあると考えています。
【耳鳴、耳閉に頻用する漢方処方】
①防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
肥満型の実証で、のぼせ、便秘などを伴う者に用いる。
②大柴胡湯(だいさいことう)
実証で、胸脇苦満を認める場合に用いる。
③柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
実証で、胸脇苦満があり、不眠、神経過敏、神経不安など、精神神経症状を伴う場合
に用いる。
④黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
のぼせ、不安、興奮、いらいら等の精神神経症状がある場合に用いる。
⑤小柴胡湯合香蘇散(しょうさいことう合こうそさん)
感冒後などで、胸脇苦満があり、耳閉感、耳鳴がある場合に用いる。
⑥連珠飲(れんじゅいん)
貧血による動悸、めまい、息切れなどがあり、水毒の徴候のあるものに用いる。
⑦苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
水毒と気の上衝による者に用いる。
⑧八味丸(はちみがん)
腎虚の徴候(泌尿生殖器の機能低下、下半身の冷え、脱力など)があるものに用いる。
⑨滋腎通耳湯(じじんつうじとう)
腎虚と胸脇苦満が認められる耳鳴に用いる。
⑩通明利気湯(つうめいりきとう)
耳鳴、難聴に用いる。
<耳鳴に滋腎通耳湯>
症例:67才 女性
主訴:耳鳴
現病歴:平成X年3月1日、聴覚の異常を感じ、3月3日に某大学病院耳鼻科にて突発性難聴と診断され、ステロイド治療施行。4月8日頃に症状は一時消退した。3日後に再発し、その後はステロイドも無効。右耳はかぶさったような感覚があり、左耳は大きなモーター音のような耳鳴があり、自分の声が響く。患者は三味線の演奏をしているが、音が響いて稽古が出来ないという。秋に大きなステージがあるので、このままでは無理かと思う、という。5月21日金匱会診療所初診。
現証:身長155cm、体重44kg。脈証・沈小。腹証・腹力弱、右側に弱い胸脇苦満を認める。食欲普通。便通2~3回/日。熟睡が出来ない。
経過:滋腎通耳湯処方。
1週間後、右耳の塞がっている感じは同様。左耳は寝ている間は耳鳴無く静かだが、動き出すと耳鳴が始まる。右の耳閉感を軽減するため滋腎通耳湯合香蘇散とした。
2週間後、右の耳閉感の訴えは無くなったが、左耳の耳鳴が4日間強く続き、眩暈感があるというので、滋腎通耳湯合苓桂朮甘湯とした。
4週間後、日によって波があるが、昼間も静かなことがあるという。
同方継続。その1週間後より耳鳴消失。その後月に1度受診しているが、モーター音のような耳鳴は全くなく、秋の三味線のステージも全て無事に参加できたという。薬がないと不安だというので、同方を一日分を二日で継続している。
以前にも高齢者の5年以上続いた耳鳴を滋腎通耳湯で治癒した経験があった。本症例では、虚証だが胃腸虚弱はなく、滋腎通耳湯に配合されている柴胡の腹証である胸脇苦満を認めたため本方を用いたが、有効であった。患者はステロイドが無効であったときに耳鼻科医から不治であると言われ、一生治らないものと覚悟を決めていたという。漢方で少しでも症状が軽減出来ればと思ったが、完治したことをよろこんでいる。
金匱会診療所所長
山田享弘