薬草のお話 1


第1回:平成9年5月   連翹(レンギョウ) 

寒い冬が終わり暖かい春の風が吹き始める頃、レンギョウは美しい黄金色の花を枝いっぱいに着け庭や垣根を明るく和ませてくれます。レンギョウは中国原産のつる性の落葉低木で枝はやや方形で、灰褐色、髄は中空です。葉は対生で広卵形で先が尖っており、三枚の小葉になるものがあります。早春、葉の出る前に黄色の花を連ねて着け、萼(ガク)も花冠も四裂し、オシベは二本でメシベより短く、雌雄異花を別株で生ずる傾向があります。秋に結実しますが同じ系統内では結実しにくいので雌雄の株を密植しないと結実は少ないようです。完熟した果実は褐色で卵形、先が尖り、表面にこぶ状の突起が多く、堅く、種子に翼があります。生薬としては成熟果実を乾燥したものを連翹と称します。連翹の基源植物はモクセイ科(Oleaceae)のレンギョウ Forsythia suspensa VAHL.およびシナレンギョウ F. viridissima LINDL. で一般には前者のものが普通で、まれに後者が混入します。また、韓国産連翹はチョウセンレンギョウ F. koreana NAKAI. の果実で品質は劣るとされています。さて、連翹の用途ですが消炎、利尿、排膿、解毒の作用があり体の表面にある熱を除く働きがあるのでアトピ−性皮膚炎や各種のアレルギ−疾患に用いられます。しかし注意していただきたいことは漢方薬全般に言えることですが、薬の組み合わせによって初めて力を発揮することが出来るということです。それとその薬(連翹)を用いる証(漢方特有のもの)があるということが大切です。それには診察をして体質を見極めることが必要になります。話を元に戻しますが、連翹は新しく、大粒で、褐色のものを良品としており、当診療所では河南省のレンギョウを使用しています。 (針ヶ谷哲也)



第2回:平成9年6月   芍薬(シャクヤク)

 美しい花といわれてすぐ思い浮かぶのがボタン、シャクヤクではないでしょうか。どちらも中国原産でボタンは花王と称されて中国の国花としてあがめられており、シャクヤクは花相(花の大臣)といわれています。シャクヤクは中国の古い書物に『芍薬は綽約(綽は糸辺ではなく、本当は女辺です)という意味である』と記載され、綽約とは美しく、しなやかの形容で、この草は花の姿態が綽約たるものだということから形容詞を名としたとされています。シャクヤクが我が国に渡来したのは多くの漢薬が紹介された奈良時代で和名、衣比須久須利(エビスクスリ)とありエビス(夷)は異国のことで、異国から来た薬草という意味です。シャクヤクはボタン科(Paeoniaceae)のPaeonia lactiflora PALL.(Paeonia albiflora PALL.)で根を乾燥したものを『芍薬』と称して用います。Paeoniaはギリシャ神話の医師Paeonがオリンパス山から得たシャクヤクをブルド−の傷を治す薬草として使用したことに由来し、lactifloraは乳白色の花、albifloraは白色の花という意味です。芍薬は漢方処方の原料として比較的多く用いられています。漢方処方210品目中頻度の高い順から数えますと第4位になります。葛根湯、桂枝茯苓丸、柴胡桂枝湯、四物湯、十全大補湯、当帰芍薬散などの漢方を代表する方剤に配合されています。芍薬の薬効は痛みを止め、こむらがえりなどの筋肉のひきつりを緩める作用があり、腹痛、腹満、身体手足の疼痛、下痢などに用います。芍薬は外面は肥大充実し、切面はち密で類白色〜淡赤白色を呈し、特有のにおいが強く、味はわずかに甘く、苦く、渋味があるものが良品とされています。
芍薬は日本(奈良、北海道、群馬、長野)、中国(浙江、安徽、四川)、韓国、北朝鮮で生産されますが、このうち優良種とされているものは奈良、北海道で栽
培されている日本産です。(針ヶ谷哲也)


 
第3回:平成9年月7月   葛根(カッコン)

 中国では葛(くず)は別名を鹿カク(ろくかく)といい、これは鹿が食べる九種の草の内の一種だからといわれています。
日本では大和(奈良県)の吉野国栖(よしのくず)の人々が葛粉(澱粉)をつくり、京の都へ売りに来たことからこの名が生まれたといわれています。この根茎からとれた葛粉を風邪のひき始めにくずゆ(葛湯)として飲むと効果があります。また、昔はつるを水につけて繊維を取り、織ったものを葛布(くずふ、またはかっぷ)とよんで衣料にしたといわれています。葛はマメ科(Leguminosae)に属し8〜9月頃非常に良い匂いのする、藤のような花を咲かせます。日本産はクズ Pueraria lobata(WILLD.)OHWI の根を乾燥したもの、中国産はシナノクズ P. lobata(WILLD.)OHWI var. chinensis(BENTH.)OHWI またはP. pseudo-hirsuta TANG et WANG の根を乾燥したものを葛根と称し生薬として使用します。
葛根は発汗、解熱、鎮痙薬として感冒、首筋や背肩の筋肉のこり、その他熱のある病気に使用されます。葛根の配合された処方で有名なものに葛根湯があります。葛根湯は落語に出てくる程有名な処方ですので知っている方は多いことと思われますが、風邪の初期で頭痛、発熱、さむけ、首筋のこりなどを伴う場合に用います。その他麻疹、扁桃腺炎、急性中耳炎、眼炎、歯痛、熱性伝染病諸病など首から上の病気に広く応用されます。葛根は日本産と中国産とものは異なりますが、色が白く、味が甘く、質が充実して崩れにくく、繊維が少ないものを良品としています。(針ヶ谷哲也)



第4回:平成9年月8月   オウゴン(コガネバナ)

 黄今(おうごん、今は本来くさかんむりがつく)
 黄今は八月のこの時期各地の薬草園で色鮮やかな紫色の花を咲かせます。この花をご覧になると花の色は紫色なのにどうして、コガネバナ(黄金花)と呼ぶのだろう?と不思議に思う方もいらっしゃることでしょう。それはこの植物の根が黄金色をしているからです。漢方ではこの根を黄今(おうごん)と称し使用します。中国の古い書物には黄今の今の字は金(本来は草冠がつく)と書いてあって、これは色の黄なるものという意味だそうです。日本では平安時代に和名、比々良技(ひいらぎ)として伝わっています。黄今はシソ科(Labiatae)のコガネバナ Scutellaria baicalensis GEORGI の根を乾燥したものです。
 黄今の薬効は消炎、解熱で発熱、みぞおち(胃部のあたり)のつかえ、下痢を目標に風邪、胃炎、腸炎、肝炎、黄疸などに応用されます。黄今の配合されている有名な漢方処方では小柴胡湯(しょうさいことう)、大柴胡湯(だいさいことう)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)などが有ります。
 黄今は味が苦く、質が充実して重く、緑黄色を帯びるものを良品とします。産地はほとんど中国(河北省、山東省、山西省、河南省)です。



第5回:平成9年9月   附子(ブシ)

 トリカブトは有名な毒草で以前から矢毒として利用されていました。アイヌ民族は熊や鯨を獲るのに用いていたそうです。トリカブトの属名のアコニツムの語源はギリシャ語のアコン、すなわち投矢に由来します。トリカブトとは花の形が舞楽の襲装束(かさねしょうぞく)に用いる鳥兜に似ていることから名付けられたといわれます。中国産はキンポウゲ科(Ranunclaceae)のカラトリカブト Aconitum carmichaeli DEBX.、日本産は園芸品種のハナトリカブト Aconitum chinense Sieb. の塊根です。以前は塊根を母根と子根に分け母根を烏頭(ウズ)、子根を附子としていましたが現在は採集時期によって分けられています。また、塩水に浸した後石灰をまぶして乾燥したものを白河附子(しらかわぶし)と称し、このものは毒性が緩和されています。
附子は新陳代謝機能の沈衰した状態を振るい起こさせ復興させる薬物で、利尿、強心の作用を持っています。代謝機能失調の回復、身体四肢関節の痛みやしびれなどの回復、虚弱体質者の腹痛、下痢、失精に用いられます。有名な漢方処方では真武湯(しんぶとう)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)、四逆湯(しぎゃくとう)が有ります。良品としては質が充実して内部が白いものです。産地は中国の貴州、陝西、湖北、安徽、遼寧省(以上野生)四川、陝西省(以上栽培)、日本では北海道を中心に、一部群馬県で栽培されています。(針ヶ谷哲也)



第6回:平成9年10月   朮(ジュツ)

 オケラの根茎を漢方では朮(じゅつ)と称します。この植物名オケラは古名ウケラに由来しています。葉がものを受けるのに良いさじのような形をしているのでウケラと命名され、生薬名の朮も上から見た葉の形からいわれています。9月から10月頃アザミに似た花を咲かせます。京都の八坂神社のオケラ祭りでは、オケラに火をつけてもらい、この火を家に帰るまで消さないように振り回して帰ると一年中健康でいられるそうです。
 現在、朮は蒼朮(そうじゅつ)と白朮(びゃくじゅつ)に区別され、さらに白朮は日本産のオケラ Atractylodes japonica KOIDZUMIと中国産のオオバナオケラ A. ovata D.C.に分けられます。また、蒼朮はキク科(Compositae)のホソバオケラ A. lancea D.C.やシナオケラ A. lancea D.C. var chinensis kitamura です。
 朮の薬効は水毒を去り脾胃(消化管)を健やかにする点では同じでありますが、蒼朮は発汗に作用し、白朮は止汗に作用する。また水分代謝の不全に対し利尿、発汗を促し、腎臓機能の減退による尿利の減少または頻数、身体疼痛、胃腸炎、浮腫などに応用します。
 朮の配合された代表処方としては桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、人参湯(にんじんとう)、六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などがあります。
 蒼朮は精油を多く含み主成分の結晶が析出し、味苦く、辛いもの、白朮は味甘く、微かに苦く、芳香のあるものを良品としています。
オケラの産地は本州、四国、九州及び朝鮮半島北部、中国大陸北東部、オオバナオケラは中国の安徽、浙江、江西、湖南、湖北省、ホソバオケラは江蘇、浙江、安徽、江西、湖北、四川省です。(針ヶ谷 哲也)



第7回:平成9年11月   竜胆(リュウタン)

 秋を代表する花の一つであるリンドウは鮮やかな碧紫色の美しい花です。リンドウの生薬名は龍胆(りゅうたん)といわれていますが、これはこの植物の葉がホオズキ〔生薬名を龍葵(りゅうき)という〕に似ており、味は胆のように苦いからだといわれています。
 龍胆はリンドウ科(Gentianaceae)のトウリンドウ Gentiana scabra BUNGE または、その他同属植物の根及び根茎を乾燥したものを使用します。
 リンドウは民間では苦味健胃薬としてゲンチアナ根(同属植物)と同様に用いられます。ゲンチアナはアルプスの山々に野生する多年草で花は黄色、植物の高さは人の身長を越すほどに伸びる植物です。この根を乾燥し粉末にしたものをなめると非常に苦く、この苦みをヨ−ロッパでは古くから健胃薬として使っていました。しかし、外国産なので日本には少なく、入手しにくいということで、これに代わる植物としてリンドウが注目されました。日本産のリンドウはササリンドウとも呼ばれ、高さは20〜60cmの可愛い植物です。漢方では龍胆を解熱、消炎作用から尿道炎、リウマチなどに応用します。
 代表処方としては竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)です。
 龍胆の良品としてはなるべく肥大し、柔軟で苦味が強いものです。産地は中国東北地方諸省、内蒙古その他浙江省、安徽省、朝鮮半島、日本(北海道、長野県)などです。(針ヶ谷哲也)



第8回:平成9年12月   陳皮(チンピ)

 ミカンの皮は漢方では橘皮または陳皮(一般には陳皮が有名)といいます。陳皮とは陳久なものを良とすることから陳橘皮を略して陳皮になったとされています。陳皮は七味とうがらしに入り、カレ−粉の原料(色付けの一部)としても使われていると聞いております。
 中国産はミカン科(Rutaceae)のオオベニミカン Citrus tangerina HORT. ex TANAKA 及びコベニミカン C. erythorosa TANAKA の成熟あるいは未成熟果皮を乾燥したもの。日本産はウンシュウミカン C. unshin MARE 又はその他の近縁植物の成熟した果皮です。ウンシュウミカンは日本で生まれましたが、名前は中国のミカン類の栽培で有名な浙江省温州の地名を借りたものです。
 陳皮は芳香性健胃薬、駆風、去痰、鎮咳薬として食欲不振、嘔吐、下痢、疼痛、咳嗽などに応用します。また、民間療法的になりますがミカンの内側の白い皮すじ、薄皮には毛細血管を強くする成分ルチンが含まれていて、この皮すじも煎じて飲むと咳止めに効果があります。また生のミカンの皮をお風呂に入れると、血行を良くし、湯冷めを防いで風邪の予防にも成りますので食べたミカンの皮をとっておきましょう。
 代表的な漢方処方は六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、二陳湯(にちんとう)、平胃散(へいいさん)、滋陰至宝湯(じいんしほうとう)などが有ります。陳皮は気味の強いものを良品としています。
 陳皮は日本では和歌山、静岡、広島、愛媛、四国、中国では四川、福建、浙江省など南部地区に産します。(針ヶ谷哲也)