薬草のお話 9


第92回 平成17年1月   石膏(セッコウ)

 生薬としての石膏(軟石膏)は天然の含水硫酸カルシュウムで、組成はほぼCaSO4・2H2Oであります。みなさんがご存知の石膏(焼石膏)は天然の石膏を加熱したもので、固定用ギブスや歯科の型取りに用いられており、組成はCaSO4・1/2H2Oです。
 石膏には鎮痛、消炎、解熱の効があるので、高熱、咽頭痛、扁桃炎、喘息、気管支炎、関節痛、関節リウマチ、各種皮膚疾患、糖尿病などに応用されています。原則として冷え症で体の弱い人には使用しません。
 石膏の薬理作用としては止渇作用、利尿作用などが報告されており、成分としては本体のCaSO4 ・2H2Oのままです。また、石膏には共に煎じることで、アルカロイドのなど、他の生薬成分を抽出しやすくする作用もあるようです。
 石膏の含有される漢方処方には越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)、消風散(しょうふうさん)、白虎湯加人参湯(びゃっこかにんじんとう)、釣藤散(ちょうとうさん)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、五虎湯(ごことう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、木防已湯(もくぼういとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)などがあります。
 石膏は白色で、爪で容易に砕け、青色の混雑物の取り去ったものを良品とします。市場品としては中国産(広東省、山東省など)が主です。
(針ヶ谷哲也)



第93回 平成17年2月   貝母(バイモ)


 ユリ科(Liliaceae)のアミガサユリ Fritillaria verticillata Willdenow var. thunbergii Bake の鱗茎を貝母と称します。貝母には浙貝母(象貝母)と川貝母の区別があり、前者を漢方で言うところの実証(じつしょう)に、後者を虚証(きょしょう)に用います。また、価格的にも川貝母の方がかなり高価になります。
 貝母には去痰、鎮咳、排膿の効があるので、急性・慢性気管支炎、肺炎、咳、痰、化膿性の腫れ物、小便難などに応用されています。民間療法としても用いられますが、含有されるアルカロイドに呼吸運動中枢をマヒさせる激しい作用がありますので、注意が必要です。
 貝母の薬理作用としては血圧降下作用、抗セロトニン・抗コリン・抗ヒスタミン作用、冠血管拡張作用などが報告されており、成分としてはアルカロイド、配糖体などが知られています。
 貝母の含有される漢方処方には滋陰至宝湯(じいんしほうとう)、清肺湯(せいはいとう)、括呂枳実湯(かろきじつとう)、貝母湯(ばいもとう)、当帰貝母苦参丸(とうきばいもくじんがん)、瘰癧加味(るいれきかみ)などがあります。
 貝母は特異なにおいがあり、味はほろ苦いです。新鮮で、白色、充実したものを良品とします。市場品としては中国産(浙江省、四川省など)が主です。
(針ヶ谷哲也)



第94回 平成17年3月   天南星(テンナンショウ)

 生薬・天南星はサトイモ科(Araceae)のマイズルテンナンショウ Arisaema heterophyllum Blume, A. erubescens Schott またはその他同属植物のコルク層を除いた塊茎です。天南星という名称は、『根が円く白く、形が老人星のような形状だから名付けられた』とされています。
天南星には鎮痛、鎮痙、利尿の作用があるので、神経痛、関節痛、関節リウマチ、脳卒中後の後遺症、麻痺、半身不随、五十肩などに応用されています。天南星の主要成分としては、サポニン、デンプン、アミノ酸、ギ酸、シュウ酸などが知られており、薬理作用としては鎮痛作用、去痰作用などが報告されています。
 天南星の含有される主な漢方処方には、二朮湯(にじゅつとう)、清湿化痰湯(せいしつけたんとう)、舒筋立安湯(じょきんりつあんとう)などがあります。
天南星は肥大し、内部は白色で、味の辛辣なものを良品としています。市場品は主に中国産(貴酬省、香港など)です。
(針ヶ谷哲也)



第95回 平成17年4月   麦芽(バクガ)

 麦芽と言えば、お酒の好きな人なら先ず思い浮かぶものはビールだと思われます。しかし、漢方薬の配剤生薬としても麦芽は用いられています。
 麦芽はイネ科(Gramineae)のオオムギ Hordeum vulgare Linne var. hexastion Ascherson の発芽中の種子です。
 麦芽は漢方では消化作用のある滋養剤としての用いられ、慢性胃炎、胃潰瘍、食欲不振、消化不良、胸腹脹満などに応用されています。
 麦芽の主要成分としては、でんぷん、蛋白質、ジアスターゼなどの分解酵素、麦芽糖、ビタミンB類などで、薬理作用は余り知られておりません。
 麦芽の含まれる漢方処方には半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、補脾湯(ほひとう)などがあります。
 麦芽は微かに香気があって、もやしの良く付いている新しいものを良品とします。市場品は日本(長野県)、中国(天恵)などで、中国では浮小麦とも呼ばれています。
(針ヶ谷哲也)



第96回 平成17年5月   粳米(コウベイ)

 最近は欧米化が進んでいますが、私たち日本人の主食は現在でもお米と言ってもよいでしょう。その主食であるお米も、時には漢方薬の構成生薬として使われます。この場合にはお米を粳米(こうべい)と呼びます。正確には粳米とはイネ科(Gramineae)のイネ Oryza sativa Linne の穀粒で籾を去った玄米のことです。
 漢方では粳米には滋養清涼の効があるので、口渇(のどの渇き)、空咳、疲労、腹痛などに他薬との配合により応用しています。また、他薬によって胃を損なわれないように配合されたりもします。
 粳米の成分としてはデンプン、デキストリン、ビタミンBなどが知られており、薬理作用としては血糖降下作用、脱水抑制作用などが報告されています。
 粳米の含まれる漢方処方には麦門冬湯(ばくもんどうとう)、白虎湯(びゃっことう)、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)、附子粳米湯(ぶしこうべいとう)などがあります。
 粳米は古くなく、あまり青くもなく、形が整っていて、充実し重いものを良品とします。市場品は日本産です。
(針ヶ谷哲也)



第97回 平成17年6月   人参(ニンジン)

  人参と言っても漢方薬で使用する人参は、スーパーで売られている人参ではなく薬用人参です。みなさんには朝鮮人参と言った方が馴染みがあるかもしれませんね。しかし最近では、朝鮮人参とは言っても日本で作られる人参の方が良質なものが多いのです。人参はウコギ科(Araliaceae)のオタネニンジン Panax ginseng C. A. Meyer の細根ヲを除いた根またはこれを軽く湯通ししたものです。
 人参は調製法や部位によって名称が異なります。ただ乾燥させただけのものを生干し人参、晒して皮を去って乾燥したものを白参、軽く湯通ししたものを御種人参、蒸したものを紅参、ヒゲ根のものを髭人参、曲げて調製したものを曲参と称します。
 人参には滋養強壮、強精、健胃、滋潤の効があるので、慢性疲労、胃腸障害、咽の渇き、糖尿病、夏負け、神経衰弱、自己免疫性疾患、術後の体力補填などに応用しています。
 人参の成分としてはサポニン、精油、ペプチドグリカン、アミノ酸、ベプタイド、ビタミンB群、ATPなどたくさん知られており、薬理作用としては中枢興奮作用、中枢抑制作用、抗ストレス作用、抗疲労作用、強壮作用、男性ホルモン増強作用、血糖降下作用、向精神作用、心循環改善作用、抗老化作用、抗胃潰瘍作用、免疫賦活作用、抗腫瘍作用、抗菌作用などその他たくさん報告されています。
 人参の含まれる漢方処方には人参湯(にんじんとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、六君子湯(りっくんしとう)、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)、小柴胡湯(しょうさいことう)、帰脾湯(きひとう)などたくさんあります。
人参は充実して、質が重く、味は初めやや甘く、後わずかに苦く、美味しく感じる味のものを良品とします。市場品は日本産(長野県、福島県、島根県)、中国産(黒竜江、吉林など)などです。
(針ヶ谷哲也)



第98回 平成17年7月   決明子(ケツメイシ)

 ここ数年ヒット曲を連発している人気音楽バンドにケツメイシと言うグループがありますが、この名称は薬草の決明子に因んで、『全てを出し尽くす』『見えない神秘的な』という意味だそうです。決明子はマメ科(Leguminosae)のCassia tora L. およびエビスグサ C. obtusifolia L. の種子を乾燥したものです。
 薬局でハブ茶として売られているものは、この決明子のことです。また、類似植物にハブソウ C. occidentalis L. というものがあり、これは望江南(ぼうこうなん)と呼ばれ決明子とは違いますので、注意が必要です。
 決明子には強壮、清熱、目を明らかにする、緩下の効があるので、便秘、皮膚疾患、眼疾患(目の充血、腫脹、疼痛)、頭痛などに応用されています。
 決明子の成分としては、脂肪油、アミノ酸、アントラキノン、アントラキノン配糖体、ナフタリン誘導体などが知られており、薬理作用としては血圧降下作用、血糖降下作用、血小板凝集抑制作用、肝障害改善作用、抗菌作用などが報告されています。
 決明子の含まれる漢方処方には洗肝明目湯(せんかんめいもくとう)があります。他にはあまりなく、決明子は民間薬としての用途の方が多いようです 決明子は種皮は堅く、褐色を呈し、つやがあります。Cassia tora L. に基づく生薬は小粒(100粒の平均重量約1.6 g)で、エビスグサ C. obtusifolia L. に基づく生薬は大粒(100粒の平均重量約3.2 g)です。市場品は中国産(山東省、広西自治区など)が主です。
(針ヶ谷哲也)



第99回 平成17年8月   竹節人参(チクセツニンジン)

 竹節人参が御種人参(いわゆる朝鮮人参)の代用として使用されるようになったのは、江戸時代の初期寛永年間(1624年〜1643年)に中国人何欽吉(かきんきつ)が薩摩でこれを発見し、採集して使用したのが始まりとされています。竹節人参はウコギ科(Araliaceae)のトチバニンジン Panax japonicum C. A. Meyer の根を乾燥したもので、科は同じですがオタネニンジン Panax. ginseng C. A. Meyer とは原植物が異なります。
 竹節人参には去痰、解熱、健胃の効があるので、特に鎮咳、去痰、抗炎症、降圧などを期待したい場合に御種人参の代用として使用することが多いです。
 竹節人参の成分としたはサポニン、ステロールなどが知られており、薬理作用としては抗腫瘍作用、血糖降下作用、抗潰瘍作用、中枢抑制作用、鎮咳・去痰作用、抗炎症作用、育毛作用などの報告があります。
 竹節人参の含まれる漢方処方は特にありませんが、昔は小柴胡湯(しょうさいことう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)など御種人参の含まれる処方に御種人参の代用として用いられていたようです。現在はその他の御種人参の含まれる処方全般に、御種人参の代用として、竹節人参特有の薬効を期待して使用します。
 竹節人参は不整の円柱状で竹節ようの結節があり、外面は黄褐色ないし淡黄白色で、角質で堅く折りやすいです。肥厚し、充実して苦みの強いものを良品とします。市場品は日本産(東北地方)です。
(針ヶ谷哲也)



第100回 平成17年9月   シツ藜子(シツリシ)

 生薬・シツ藜子はハマビシ科(Zygophyllaceae)のハマビシ Tribulus terrestris Linne の果実です。シツ藜子のシツはくさかんむりに疾で、これははやいの意で、藜は利でするどいの意です。つまり、この草は人を刺し傷つけることが甚だ疾く、利(するどい)ということを言っています。シツ藜子は非常に堅くて棘が何本かあるので、これにより中国では自転車のタイヤがパンクしてしまうほどだそうです。
 シツ藜子には駆オ血作用(現在でいうと血流改善作用)、利尿、消炎、目を明らかにするなどの効があるので、頭痛、皮膚疾患、眼疾患に応用されています。
 シツ藜子の成分としましてはアルカロイド、フラボノイド、タンニン、脂肪油が知られており、薬理作用としては鎮痙作用、臓器血流増加作用、血管透過性抑制作用、体温降下作用、筋収縮作用などが報告されています。
 シツ藜子の含まれる漢方処方には当帰飲子(とうきいんし)、洗肝明目湯(せんかんめいもくとう)などがあります。
 シツ藜子は黄白色で堅く、棘があり、においはなく、味は渋く苦いです。良く充実したものを良品としています。市場品は中国産が主(広東省、河北省、内蒙古など)です。
(針ヶ谷哲也)



第101回 平成17年10月   滑石(カッセキ)

 鉱物性生薬である滑石には硬滑石と軟滑石の二種類あります。前者はタルクと呼ばれ、化粧品原料や皮膚散布剤として用いられ、後者は漢方薬原料と使用されています。従ってここでは軟滑石について勉強したいと思います。軟滑石は主として天然の含水ケイ酸アルミニウム及び二酸化ケイ素からなる粘土鉱物すなわち加水ハロサイトAl2O3・2SiO2・2H2Oです。
 滑石には尿利を円滑にして、のどの渇きを止め、煩わしさを除く効果が有りますので、膀胱炎、淋病、尿路結石などの膀胱、尿道の各種疾患に応用されています。
 滑石の薬理作用としては抗腫瘍作用が報告されており、成分としては前述した通りであります。
滑石の含有される漢方処方には猪苓湯(ちょれいとう)、五淋散(ごりんさん)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)などがあります。
滑石は色が白く、質が軟らかく、光沢なものを良品としており、つまりは硬滑石ではなく軟滑石が良品となります。
 滑石の市場品は中国産(福建省)が主です。
(針ヶ谷哲也)



第102回 平成17年11月   威霊仙(イレイセン)

 生薬・威霊仙はキンポウゲ科(Ranunculaceae)のサキシマボタンズル Clematis chinensis Osbeck またはその他近縁植物の根及び塊茎です。威霊仙の名前の由来ですが、中国本草書の古書である本草綱目(ほんぞうこうもく)によりますと、『威とはその性が猛なることを意味し、霊仙とはその効力が神速なる意味をいったもの』とされています。
 漢方としては威霊仙には鎮痛、利尿の効果があるので、神経痛、関節リウマチ、関節痛、痛風、筋肉痛などに応用しています。
 薬理作用としては抗菌作用、降圧作用などが報告されており、成分としてはトリテルペノイド、サポニン、フェノール類、糖などが知られています。
威霊仙の含まれる漢方処方には疎経活血湯(そけいかっけつとう)、二朮湯(にじゅつとう)、舒筋立安湯(じょきんりつあんとう)などがあります。
 威霊仙は特異の臭気があり、味はやや苦く辛いです。黒く細いものを良品とします。市場品は中国産(安徽省、吉林省)、韓国産が主です。
(針ヶ谷哲也)



第103回 平成17年12月   阿膠(アキョウ)

 阿膠はウマ科(Equidae)のロバ Equus asinus L. やウシ科(Bovidae)のウシ Bos taurus L. var. domesticus Gmelin などの除毛した皮を水で煮て精製したニカワ塊です。このため阿膠は動物性生薬になりますが、もちろん狂牛病に対しても既に対策済みで心配はございません。阿膠の名前の由来ですが、中国本草書の古書である本草綱目(ほんぞうこうもく)には、『阿膠は東阿(山東省東阿県)に産するから阿膠と名付けたのだ』と記載されています。
 漢方としては阿膠には止血、鎮咳、強壮の効果があるので、月経不順、子宮出血、膀胱炎、咳、吐血、不整脈、皮膚疾患などに応用しています。
 阿膠の薬理作用としては血液凝固抑制作用、赤血球増加作用、抗腫瘍作用などが報告されており、成分としてはコラーゲン、アミノ酸などが知られています。
阿膠の含まれる漢方処方には猪苓湯(ちょれいとう)、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)、黄連阿膠湯(おうれんあきょうとう)、キュウ帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)、温経湯(うんけいとう)などがあります。
 阿膠は淡黄色〜黒褐色を呈し、半透明〜不透明でほとんど臭気はありません。夏期に軟化するもの、臭気の強いものは下品です。
市場品は中国産(山東省、浙江省)香港産が主です。
(針ヶ谷哲也)