薬草のお話 6


第56回 平成14年1月   牡蛎(ボレイ)

 寒い冬に食べるカキ鍋はとてもおいしくて、体も温まりますね。カキはむき身をボウルに入れておくと、ミルクの様な乳白色の液がしみ出てくることから『海のミルク』と呼ばれています。カキ肉にはグリコーゲン、タウリン、鉄、亜鉛、アミノ酸類、ビタミン類などたくさんの栄養素が含まれていますが、薬としては貝殻を使用します。   
生薬・牡蠣はイタボガキ科(Osteridae)のカキ Ostrea gigas Thunberg の貝殻です。主要成分は炭酸カルシウムで、その他少量のリン酸カルシウム及びケイ酸塩と硬タンパク(ケラチン質)を含みます。
 牡蠣には鎮静、強壮、健胃、収斂作用があるので、動悸、息切れ、イライラ、不眠症、胃酸過多症、頻尿、止汗などに応用されます。
牡蠣の含まれる漢方処方には安中散(あんちゅうさん)、桂枝加龍骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、柴胡加龍骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)などがあります。
牡蠣は内面が灰白色または淡紫色で、平滑でやや光沢があり、生臭くないものを良品とします。市場品はほとんど日本産(広島県、宮城県)です。(針ヶ谷哲也)



第57回 平成14年2月   茴香(ウイキョウ)

 茴香はセリ科(Umbelliferae)のウイキョウ Foeniculum vulgare Miller の果実です。ウイキョウは漢字で茴香となっているのを、中国読みにしたところから日本名が出たとされています。地中海沿岸地方の原産で、江戸時代の末期に薬用の目的で日本に入ってきましたが、現在ではスパイスとして大部分が使用されています。料理好きの人にはウイキョウと言うよりも、フェンネルと言った方がなじみが深いかもしれませんね。後に分かったことですが、ウイキョウには精油が豊富に含まれ、これに抗菌作用、消化機能亢進作用があることから料理に使われたのも分かる気がしますね。
 茴香には健胃、鎮痛、鎮痙、整腸、駆風の効があるので、胃炎、胃アトニー症、胃潰瘍、又、胃痛、腹痛、お腹のガスの停滞などに応用されます。
 茴香の含まれる漢方処方には安中散(あんちゅうさん)、柴胡桂枝湯加茴香牡蛎(さいこけいしとうかういきょうぼれい)丁香柿蒂湯(ちようこうしていとう)、補陰湯(ほいんとう)、神効湯(しんこうとう)などがあります。
茴香は粒が揃い、黄緑色(新鮮で)で芳香性の強い(精油を多く含まれる)ものを良品とします。薬としての流通品は、ほとんどが中国の甘粛省のものです。(針ヶ谷哲也)



第58回 平成14年3月   黄柏(オウバク)

 黄柏はミカン科(Rutaceae)のキハダ Phellodendron amurense Ruprecht 又は P. chinense Schneider の周皮を除いた樹皮を乾燥したものです。 
 黄柏は健胃・抗消化性潰瘍作用・止瀉作用・抗炎症作用・血圧降下作用・抗菌作用・利胆作用などの薬理効果が明らかになっており、胃腸炎・胃潰瘍・下痢・各種皮膚疾患・高血圧・肝炎・黄疸などに応用します。又、黄柏の末を打撲に外用します。その他、家庭薬の原料や主成分であるベルベリン(整腸・止瀉薬)の抽出原料として用いられています。
 黄柏の含まれる漢方処方には黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、七物降下湯(しちもつこうかとう)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、温清飲(うんせいいん)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、滋陰降火湯(じいんこうかとう)、清暑益気湯(せいしょえっきとう)竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、中黄膏(ちゅうおうこう)等があります。
 黄柏は厚く、破折面が鮮黄色で、苦みが強く、粘液性のものが良品です。市場品は中国産(四川省)、日本産(長野県、鳥取県)が主です。(針ヶ谷哲也)



第59回 平成14年4月   遠志(オンジ)

 遠志はヒメハギ科(Polygalaceae)のイトヒメハギ Polygala tenuifolia Willdenow の根です。中国の東北部、華北、東部地帯、シベリア、朝鮮半島北部に自生する多年草で日本では生息していません。遠志という名称は中国の古い書物に『この草を服すれば、能く智を益し志を強くする。それで遠志という名称がついた』と記載されています。
 遠志には鎮静、強壮、去痰の作用があるので、動悸、不眠症、その他の精神・神経疾患、咳・痰などに応用します。また、薬理研究では鎮静・催眠作用、去痰作用はもちろんのこと、抗痴呆作用、抗消化性潰瘍作用、抗腫瘍作用などが明らかになっています。成分としてはオンジサポニン、キザントン誘導体、桂皮酸などが分かっております。
 遠志の含まれる漢方処方には帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、加味温胆湯(かみうんたんとう)、竜骨湯(りゅうこつとう)などがあります。
遠志は木心という木部を抜き去って、皮部のみとしたもの(肉遠志・遠志筒と称している)を良品とします。産地は中国(陝西省、河北省)です。(針ヶ谷哲也)



第60回 平成14年5月   厚朴(コウボク)

 厚朴はホウノキ科(Magnoliaceae)のホウノキ Magnolia obovata Thunberg, M. officinalis Rehder et Wilson 又は M. officinalis Rehder et Wilson var. biloba Rehder et Wilson の樹皮でする。厚朴は第12改正日本薬局方までは日本産の厚朴のみ規定していましたが、13改正から(現在は14改正)中国産の厚朴も基源植物に含められています。
 厚朴の薬効は気分を明るくし、筋の痙攣を治する作用があるので、精神神経疾患、胃炎、消化性潰瘍、腹痛、腹満、胸満、喘息、神経痛、腰痛、便秘などに応用されます。また、現在では薬理作用としては筋弛緩作用、抗痙攣作用、鎮静作用、抗炎症・抗アレルギー作用、抗消化性潰瘍作用、抗菌作用などが明らかにされています。
 厚朴の含まれる漢方処方には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、神秘湯(しんぴとう)、柴朴湯(さいぼくとう)、補気健中湯(ほきけんちゅうとう)、平胃散(へいいさん)、当帰湯(とうきとう)、五積散(ごしゃくさん)、通導散(つうどうさん)、分消湯(ぶんしょうとう)、潤腸湯(じゅんちょうとう)、麻子仁丸(ましにんがん)、大承気湯(だいじょうきとう)、小承気湯(しょうじょうきとう)などがあります。
厚朴は皮部がもろくて、滋潤性のものを良品とします。中国産の厚朴で切面に有効成分の結晶が析出しているものがあり、非常に良品とされています。最近では全くないわけではありませんが、手に入れるのにはかなり大変です。市場品では日本産は岩手県・岐阜県産など、中国産は浙江省、四川省、湖北省産などです。(針ヶ谷哲也)



第61回 平成14年6月   大棗(タイソウ)

 生薬としての大棗はクロウメモドキ科(Rhamnaceae)のナツメ Zizyphus jujuba Miller var. inermis Rehder の果実です。ナツメの名前の由来は初夏に芽が出ることに因るとされています。
 大棗は緩和作用のある薬で強壮、鎮咳、鎮痛、利尿の効果があり、精神・神経疾患、神経痛、関節痛、腹痛、気管支喘息、風邪、消化器疾患などに応用されます。最近の薬理作用では抗アレルギー作用、抗消化性潰瘍作用、鎮静作用、抗ストレス作用、腎障害改善作用などが認められております。成分としてはトリテルペン、サポニン、多糖類、サイクリックAMP、サイクリックGMPなどを含みます。
 大棗は沢山の漢方処方に含まれていますが、その中でも大棗の割合が多い処方としては甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)、苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)、桂枝湯(けいしとう)などがあります。
大棗は大粒で果肉が多く、新鮮で潤いがあり、甘く、粘液質で食べておいしいものを良品とします。市場品は国内産も若干ありますが、中国産(河北省、河南省、山東省など)がほとんどです。(針ヶ谷哲也)



第62回 平成14年7月   荊芥(ケイガイ)

 荊芥はシソ科(Labiatae)のケイガイ Schizonepeta tenuifolia Briquet の花穂です。中国の古い書物である『神農本草経』の中品に假蘇(カソ)の名で収載されています。古くから原植物に混乱がみられた生薬で、現在ではケイガイということになっています。 
 荊芥には発汗、解熱、解毒の効があるので、皮膚疾患、アレルギー性疾患、風邪などに応用されます。また、荊芥はその他のアレルギー疾患に有効と思われる生薬(例えば連翹・樸ソク・麻黄・石膏など、但し陰陽・虚実・表裏・寒熱で組み合わせが異なる)と組み合わされて用いることが多いです。薬理作用としては鎮痛作用、抗炎症作用、体温下降作用、抗酸化作用などが認められています。
 荊芥の含有される漢方処方には十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、消風散(しょうふうさん)、清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、治頭瘡一方(じずそういっぽう)、当帰飲子(とうきいんし)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、駆風解毒湯(くふうげどくとう)などがあります。
荊芥は特有な芳香があり、口に含むとわずかに清涼感があります。新鮮で、香気が強く(精油含量が多く)、茎や葉などの混入が少なく花穂だけのものを良品とします。市場品は中国産(河北省、山西省、など)が主です。(針ヶ谷哲也)



第63回 平成14年8月   烏薬(ウヤク)

 クスノキ科(Lauraceae)のテンダイウヤク Lindera strychnifolia F. VILLARSの根を乾燥したものです。その植物名からも分かるように、享保年間に薬草として中国から持ち込まれた植物です。中国では浙江省の天台山の烏薬を名産としていたことから、この名前が植物名になったとされたいます。
烏薬には芳香性健胃、鎮痛、整腸の効がありますので、腹痛、頭痛、脳卒中の後遺症、神経痛、関節痛、寝ちがい、肩こりなどに応用されます。
烏薬の薬理作用としては血小板凝集抑制作用、腸蠕動運動促進作用などが報告されております。
 烏薬の含まれる漢方処方には烏薬順気散(うやくじゅんきさん)、十六味流気飲(じゅうろくみりゅうきいん)、キュウ帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、神効湯(しんこうとう)、治肩背拘急方(チケンパイコウキュウトウ)などがあります。
 烏薬は樟脳のようなにおいがあり、味は苦いです。肥大して、においの強いものを良品としています。市場品は中国産(浙江省、湖南省など)が主です。(針ヶ谷哲也)



第64回 平成14年9月   麻子仁(マシニン)

 生薬 麻子仁はクワ科(Moraceae)のアサ Cannabis sativa Linne の果実を乾燥したものです。現在は薬としての用途よりも七味唐辛子の原料、小鳥の飼料、製油原料としての用途が多いです。形態的に酷似しているインドアサは麻薬として取り締まりの対象となっています。
 麻子仁は滋養、潤燥(体に潤いをつける)、鎮咳、鎮痛、緩下(極めて緩和な下剤)の効があり、老人や体力の消耗した人、妊産婦などの便秘、痔に用いられます。また、麻子仁の薬理作用としては血糖降下作用、血小板凝集阻止作用などが報告されています。
 麻子仁の配合されている漢方処方には炙甘草湯(しゃかんぞうとう)、潤腸湯(じゅんちょうとう)、麻子仁丸(ましにんがん)などがあります。
麻子仁は良く充実し、種子の中身が白いもの(油脂を多く含んでいる)が良品です。市場品は中国産(陝西省、四川省など)が主です。(針ヶ谷哲也)



第65回 平成14年10月   枇杷葉(ビワヨウ)

 ビワと言うと直ぐに思い浮かぶのはオレンジ色でジューシーな果物の方ですが、薬用には専ら葉を用います。漢方ではバラ科(Rosaceae)のビワ Eriobotrya japonica Lindley の葉を生薬 枇杷葉として用います。
 枇杷葉には咳を鎮め、痰を除き、嘔吐を鎮め、胃を健やかにし、熱を解し、渇を止め、鎮痛する効果があるので、咳、痰、暑気あたりなどに応用されます。成分としてはトリテルペン、セスキテルペン、タンニン、有機酸などを含有し、薬理作用としては抗炎症作用、利尿作用、鎮吐作用などが認められています。
 民間療法としては、あせも、湿疹など皮膚病の時に煎じた汁で患部を洗うか、枇杷葉風呂に入ります。また、打ち身、ねんざなどの時にはこれを患部に貼ると痛みが和らぎます。薬用酒にして疲労回復、食欲増進にも利用します。
 枇杷葉の含まれる漢方処方には辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、枇杷清肺飲(びわせいはいいん)、枇杷葉湯(びわようとう)などがあります。
 枇杷葉は新鮮で青く、毛を除いたものを良品とします。市場品は日本産(四国など)、中国産(浙江省、四川省など)が主です。(針ヶ谷哲也)




第66回 平成14年11月   延胡索(エンゴサク)

 生薬・延胡索はケシ科(Papaveraceae)の Corydalis turtschaninouii Besser forma yanhusuo Y. H. Chou et C. C. Hsu の塊茎です。
 漢方的には延胡索は鎮痛、通経、血流を改善する効果があるので胃痛、腹痛、生理痛、関節痛、月経困難症、無月経などに応用します。
 薬理作用としては鎮静・鎮痛作用、鎮痙作用、抗消化性潰瘍作用、抗炎症・抗アレルギー作用、血液凝固抑制作用などが報告されています。成分としては多くのアルカロイド類が発見されております。
延胡索の含まれる漢方処方には安中散(あんちゅうさん)、折衝飲(せっしょういん)、神効湯(しんこうとう)、?帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)などがあります。
 延胡索は大きくて、黄褐色で質が重いものを良品とします。市場品は中国の浙江省産がほとんどです。(針ヶ谷哲也)



第67回 平成14年12月   艾葉(ガイヨウ)

 生薬・艾葉はキク科(Compositae)のヨモギ Artemisia princeps Pampanini またはヤマヨモギ A. montana Pampanini の葉及び枝先です。ヨモギは春先に若芽を摘んで草餅にするので、モチグサの名や、灸に使うためモグサやキュウグサの別名があります。また、ヨモギ名の由来はよく燃える草の善燃草(よもぎ)からという説があります。
 艾葉は漢方では止血、強壮、補血の効果があるとされ、子宮出血、腎出血、痔出血などの各種出血、貧血、腹痛などに応用されています。また、お風呂に入れ外用薬として皮膚疾患にも用います。民間薬としては根をヨモギ酒にして喘息に、葉を煎じて健胃、貧血に、ヨモギ風呂にして腰痛、腹痛、痔の痛みに用いています。
 成分としては精油のシネオール、アルファーツヨン、脂肪酸、タンニン、ビタミンなどが知られており、薬理作用としては高脂血症・肝障害防御作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用、鎮痒作用などが認められています。
艾葉の含有される漢方処方には?帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)、柏葉湯(はくようとう)、四生丸(しせいがん)などがあります。 艾葉は葉の裏に毛が多く、特異なヨモギ様の香りが高く、味が苦く、茎の混入しないものを良品とします。市場品は日本産(長野県、新潟県、徳島県など)が主です。
(針ヶ谷哲也)