薬草のお話 5


第44回 平成13年1月   薄荷(ハッカ)

  最近はハーブがブームになっていますが、その中でもハッカは最もポピュラーなものと言えるでしょう。ハッカはハーブやアロマテラピーでのイメージが強いでしょうが、漢方薬としては中国の唐の時代(695年)の新修本草(しんしゅうほんぞう)という書物に記載され、古くから薬用にされてきました。日本では江戸時代の大和本草(1708年)などに記載されています。また、ハッカは葉をまぶたにつけるとスーッとした清涼感があることからメグサとも呼ばれています。
 薄荷はシソ科(Labiatae)のハッカ Mentha arvensis Linne var. piperascens Malinvaud 又はその種間雑種の地上部です。
 薄荷は清涼、発汗、健胃、止痒の効果があり、頭痛、風邪、食欲不振、口臭、皮膚疾患、更年期障害、精神疾患などに応用されます。
 薄荷の含まれる処方には加味逍遙散(かみしょうようさん)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、滋陰至宝湯(じいんしほうとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、川キュウ茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)、響声破笛丸(きょうせいはてきがん)などです。
 薄荷はなるべく新しいもので精油を多く含み、香気が強いものを良品とします。産地は中国(上海、江蘇省等)です。(針ヶ谷哲也)



第45回 平成13年2月   十薬(ジュウヤク)

 ドクダミは生薬としては十薬、重薬、魚腥草(ぎょせいそう)、じゅう菜などの名前で呼ばれています。ドクダミとは『毒矯み』の意で、昔から民間で毒下しに用いられてきました。十薬の名は貝原益軒が「大和本草」の中で「わが国の馬医これを馬に用いると、十種の薬の効能があるので、十薬と言う」と書いたのがはじまりとされています。
 十薬はドクダミ科(Sauruaceae)のドクダミ Houttuynia cordata Thunberg の花期の地上部を乾燥したものです。
 十薬は消炎、解毒、利尿、血圧降下、緩下の作用があり、皮膚疾患、排尿困難、高血圧症、便秘などに応用されます。
 また、とりたての新鮮な生の葉を水洗いし、新聞紙に包んで火であぶり、やわらかくなったものを腫れ物などの患部に当てておくと、膿を吸い出し、腫れもひきます。生のドクダミには特有なにおいの元でもある、デカノイルアセトアルデヒドやラウリルアルデヒドなどの精油成分が含まれており、これらはかなり強い抗菌性を持っています。
 十薬の含まれる漢方処方には五物解毒湯(ごもつげどくとう)、じゅう甘散(じゅうかんさん)などが有ります。
 十薬は葉に緑色がいくらか残り、また花穂や葉の一部が脱落しないように乾燥したものが正品であり、その煎液には特異な味があります。流通は日本産も若干ありますが、ほとんどが中国産(四川省など)です。(針ヶ谷哲也)



第46回 平成13年3月   麦門冬(バクモンドウ)

 ジャノヒゲは山林のへりや草原に自生する多年草で、庭や公園などのにもよく植えられています。細い葉が左右に分かれる姿からリュウノヒゲの別名もつけられています。秋に瑠璃色のきれいな種子を結びます。
 麦門冬はユリ科(Liliaceae)のジャノヒゲ Ophiopogon japonicus Ker-Gawler またはその他同属植物の根の膨大部です。
 麦門冬は潤いを与え、痰を除き、咳を鎮め、滋養強壮の作用があり、感冒による咳、肺炎、喘息、糖尿病、疲労性疾患、皮膚疾患等に応用されます。
 麦門冬を含む漢方処方には麦門冬湯(ばくもんどうとう)、滋陰至宝湯(じいんしほうとう)、滋陰降火湯(じいんこうかとう)、清肺湯(せいはいとう)、竹?温膽湯(ちくじょうんたんとう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、補気健中湯(ほきけんちゅうとう)、清熱補気湯(せいねつほきとう)、清暑益気湯(せいしょえっきとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、釣藤散(ちょうとうさん)、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)、温経湯(うんけいとう)等です。
 麦門冬は肥大し、淡黄色で、質が重く、潤いがあり(柔らかい)、甘味が強いものを良品とします。産地は中国(四川省、浙江省など)です。(針ヶ谷哲也)



第47回 平成13年4月   辛夷(シンイ)

春の訪れを知らせてくれる花は沢山ありますが、コブシやモクレン、ハクモクレンもそのうちの一つと言えるでしょう。中国ではハクモクレン、モクレンを生薬辛夷の原植物に当てていますが、日本ではその昔モクレンがまだ無かったためコブシ、タムシバを辛夷に当てていました。そのため日本ではコブシを辛夷と書きます。しかし、辛夷は元来中国伝統の生薬で、中国の本草書である本草綱目には『夷は?(つばな)の意味であり、その苞は初生が?のようで味が辛いものである』と書かれています。
 現在の日本では、辛夷はモクレン科(Magnoliaceae)のタムシバ Magnolia salicifolia Maximowicz, コブシ M. kobus De Candolle, M. biondii Pampanini またはその他近縁植物の蕾です。
辛夷は辛く、芳香性(精油を含む)があるので発散の効があり、頭痛、鼻炎、副鼻腔炎、その他の鼻疾患に用いられます。
 辛夷の含まれる漢方処方には葛根湯加川?辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、辛夷湯(しんいとう)等があります。
辛夷は香気の強い者を良品とします。産地は中国(河南省、甘粛省、湖北省、陝西省、雲南省、安徽省、浙江省等)が主で日本産(秋田県、山形県、新潟県北部等)はわずかです。(針ヶ谷哲也)


第48回 平成13年5月   香附子(コウブシ)

 香附子はカヤツリグサ科(Cyperaceae)のハマスゲ Cyperus rotundus Linne の根茎です。
浜の菅(はまのすげ)と言うように海浜砂地や大きな川の河川敷など、日の当たる場所に群生する多年草です。また生薬名・香附子とは、この植物の根が互いに連続して附いて生じ、香に合わせるものだから名付けられたとされています。
 香附子は芳香性の健胃薬として働き、気を行らし、鎮痛し、月経を通じる作用があるので、感冒、頭痛、胃炎、食欲不振、神経症、月経不順、腹痛などに応用されます。
 香附子の含まれる漢方処方には香蘇散(こうそさん)、川?茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)、滋陰至宝湯(じいんしほうとう)、竹茹温胆湯(ちくじょうんたんとう)、香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)、香砂平胃散(こうしゃへいいさん)、五積散(ごしゃくさん)、女神散(にょしんさん)、柴胡疎肝湯(さいこそかんとう)、清熱解欝湯(せいねつげうつとう)などがあります。
 香附子は大粒で質が充実し、芳香性の強いものを良品とします。市場品はほとんどが韓国、中国(広西省、山東省、浙江省、四川省、河南省など)からの輸入品でまかなわれています。(針ヶ谷哲也)



第49回 平成13年6月   天麻(テンマ)

 天麻はラン科(Orchidaceae)のオニノヤガラ Gastrodia elata BL. の根茎の外皮を去って湯通しした後に乾燥したものです。オニノヤガラとは鬼の矢の様な形態から出た名前とされています。オニノヤガラはマツやクヌギ、コナラなどの雑木林の木陰に生える寄生植物で、葉が無く、茎も花も黄赤色で緑の部分はありません。
 中国では天麻は別名赤箭(せきせん)と呼ばれ、これも形態が赤く、矢に似ていることから名付けられました。
 天麻は鎮静、鎮痙作用があり、頭痛、めまい、高血圧、麻痺(まひ)、痙攣(けいれん)、リウマチ等に応用されます。
天麻の含まれる漢方処方には半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、沈香天麻湯(じんこうてんまとう)、天麻鈎藤飲(てんまこうとういん)等があります。
 天麻は独特の味があり、色の白い透明なものを良品とします。産地は主に中国(四川省、、雲南省、湖北省、貴洲省)、韓国、北朝鮮等です。
(針ヶ谷哲也)


 
第50回 平成13年7月   桔梗(キキョウ)

 キキョウは7月から9月頃までの長い期間美しい花を咲かせ、私たちを喜ばせてくれる秋の七草の一つです。山上憶良(やまのうえのおくら)の秋の七草に詠んだアサガオの花は、長く学者の間で論争されてきましたが、今日ではキキョウになっています。この美しいキキョウですが、花ではなく根を生薬として使用します。
 生薬・桔梗はキキョウ科(Campanulaceae)のキキョウ Platycodon grandiflorum A. De Candolle の根です。根にはサポニンという成分が含まれており、このため桔梗を細かく刻み水に入れて振ると泡が立ちます。この桔梗のサポニンには去痰、鎮咳、鎮痛、鎮静、解熱作用などの様々な生理作用があります。
桔梗には前記したような薬理作用があるので、化膿性の皮膚疾患、咽の痛み・腫れ、咳などに用いられます。
桔梗の含まれる漢方処方には十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)、清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、防風通聖散(ぼうふうつしょうさん)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)、桔梗湯(ききょうとう)、参蘇飲(じんそいん)、清肺湯(せいはいとう)、竹?温膽湯(ちくじょうんたんとう)、排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)、五積散(ごしゃくさん)などがあります。
 桔梗は生干しで、外皮をつけ、充実し、えぐみの強いものを良品とします。産地は韓国、北朝鮮、中国(安徽省、湖北省など)です。(針ヶ谷哲也)



第51回 平成13年8月   酸棗仁(サンソウニン)

 酸棗仁はクロウメモドキ科(Rhamnaceae)のサネブトナツメ Zizyphus jujuba Miller (Z. vulgaris Lamarck var. spinosus Bunge) の種子です。サネブトナツメはナツメと同じ科の植物で非常に似ていますが、サネブトナツメの果実は内果皮(核)の部分が発達し、中果皮(果肉)が少ないので、ナツメ(生薬名は大棗)のようには食べられません。また、酸味が強いことから漢名で酸棗(さんそう)と名付けられたとされています。和名のサネブトとは核が大きいことから名付けたものとされています。
酸棗仁は神経の強壮薬で中枢抑制作用、抗ストレス作用が認められており、不眠、多眠を治し、盗汗(寝汗)を治する作用があります。成分は脂肪酸、ステロイド、サポニン、フラボノイドなどで、このうち鎮静・催眠作用はフラボン配糖体によることが判明しています。
酸棗仁の含まれる漢方処方には酸棗仁湯(さんそうにんとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)、帰脾湯(きひとう)、加味温胆湯(かみうんたんとう)、補肝湯(ほかんとう)などがあります。
 酸棗仁は充実し、外面は赤褐色で滑沢のあり、新鮮なものが良品です。市場品は中国の河北省産のものがほとんどです。(針ヶ谷哲也)



第52回 平成13年9月   蘇葉(ソヨウ)

 シソ科(Labiatae)のシソ Perilla frutescens Britton var. acuta Kudo またはチリメンジソ P. frutescens Britton var. crispa Decaisne の葉および枝先を漢方では蘇葉及び紫蘇葉(しそよう)と呼び使用しています。シソが初めて日本に入ってきた当時、人々は食用にと考える前に油として用いる方に関心があったようです。実際に使ってみると当時灯火用に用いていた荏油(えあぶら)より断然優れていました。このためにシソの栽培が盛んになり、油以外のシソの利用法も工夫され、食用、着色料へと広がっていきました。ちなみに梅干しの色はシソのアントシアン色素が梅のクエン酸によって分解され、独特の色になったものです。
 蘇葉は気のめぐりを良くし、鎮静、利尿、発汗、鎮咳、健胃の効果があり、精神疾患、浮腫、感冒、咳、食欲不振などに応用されます。また、魚の毒を解する効果もあります。
 蘇葉の含有される漢方処方には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、参蘇飲(じんそいん)、香蘇散(こうそさん)、神秘湯(しんぴとう)、柴朴湯(さいぼくとう)などがあります。
 蘇葉は新鮮で芳香性(精油が多い)の強いものを良品とします。また、葉の両面紫色を呈するチリメンジソといわれる香りの強いものが良く、片面または両面共に青いシソは薬としては使用しません。産地は日本(岩手県、栃木県、奈良県、香川県、徳島県、愛媛県など)、中国(四川省、広東省、広西省、山東省、江蘇省など)です。(針ヶ谷哲也)



第53回 平成13年10月   苦参(クジン)

 苦参はマメ科(Leguminosae)のクララSophora flavescens Aitonの根で、しばしば周皮を除いたものです。生薬名である苦参は『苦とは味から、参とは功力から』名付けたものとされています。和名であるクララはこの植物を服用したとき、軽度の中毒症状としてめまいを起こすことよりでた名称(実際に漢方処方で服用するときには滅多に起こりませんので安心してください)であり、原植物の古名をマトリグサと呼びました。
苦参には消炎、利尿の効があるので、黄疸、皮膚病、腫物などに応用します。その他、止瀉薬の配合剤としても使用されています。
苦参の含有される漢方処方には消風散(しょうふうさん)、三物黄ゴン湯(さんもつおうごんとう)、当帰拈痛湯(とうきねんつうとう)、苦参湯(くじんとう)等があります。
苦参は内部黄白色〜淡褐色で充実し、味が極めて苦いものを良品とします。市場品は中国産(陝西省、貴州省など)が主です。(針ヶ谷哲也)



第54回 平成13年11月   白シ(ビャクシ)(シはくさかんむりに止)

 生薬・白シはセリ科(Umbelliferae)のヨロイグサ Angelica dahurica Bentham et Hooker の根です。中国の本草書である神農本草経(しんのうほんぞうけい)の中品に記載され、別名・芳香とあります。これは白シの匂いを嗅いでみれば、セリ科の独特な匂いがしてきて何となく想像がつきます。古代の中国の人はこの匂いで鼻や体が養われると言っており、芳香の他にも匂いに関係のある名前があてられています。

 白シには排膿、鎮痛の効果があるので、化膿性疾患、皮膚病、頭痛、副鼻腔炎、神経痛歯痛などに応用されます。
 白シが含まれる漢方処方には荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、川キュウ茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)、清上けん痛湯(せいじょうけんつうとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)、五積散(ごしゃくさん)、清湿化痰湯(せいしつけたんとう)、カッ香正気散(かっこうしょうきさん)などがあります。
 白シは肥大して、芳香の強いものが良品です。市場品は韓国産が殆どです。
(針ヶ谷哲也)



第55回 平成13年12月   山薬(サンヤク)

 山薬は別名、薯蕷(しょよ)ともいいヤマノイモ科(Dioscoreaceae)のヤマノイモ Dioscorea japonica Thunberg またはナガイモ D. batatas Decaisne の周皮を除いた根茎(担根体)を乾燥したものです。ヤマノイモ、ナガイモどちらも言わずと知れたとろろ汁の原料で、消化酵素、デンプン、アミノ酸などが含まれており、最近健康番組などでその効果が見直されています。ヤマノイモは日本特産で、本州、四国、九州に分布し、自然に生えることから自然薯(じねんじょ)とも言われ野生であるのに対して、ナガイモは中国原産で畑で栽培されています。
 山薬は強壮、強精、鎮静、解熱、止瀉などの効があり、胃腸虚弱、消化不良、糖尿病、下痢などに応用されます。
 山薬が含まれる漢方処方には八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、六味丸(ろくみがん)、参苓白朮散(じんれいびゃくじゅつさん)、啓脾湯(けいひとう)などがあります。
 山薬は色が白く、質が充実して、噛んで粘るものを良品とするむきがありますが、実際は余りしろ白過ぎず(漂白してない)、食べたときに独特の味がして粘りのあるものを良品と考えております。市場品は日本産(長野県、青森県など)、中国産(河南省など)が主です。
(針ヶ谷哲也)