薬草のお話 4



第33回 平成12年1月  茯苓(ブクリョウ)

 茯苓はアカマツまたはクロマツを伐採して4〜5年を経た土中の根に寄生しています。名前の由来は中国の古書には『茯苓は史記の亀策傳には伏霊と書いてある。蓋し松の神霊の気が伏結しているものだから伏霊といったのである。俗に苓と書くのは伝寫の誤りだ』と書かれてあります。 
 茯苓はサルノコシカケ科(Polyporaceae)のマツホド Poria cocos Wolf の通例、外皮をほとんど除いた菌核です。
 茯苓は強壮、鎮静、利尿、体液調整作用があり、胃炎、不安感、皮膚疾患、膀胱炎、むくみ、めまいなど漢方でいうところの水毒に使用します
茯苓の含まれる漢方処方には茯苓飲(ぶくりょういん)、四君子湯(しくんしとう)、半夏厚朴湯、(はんげこうぼくとう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)、五苓散(ごれいさん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、真武湯(しんぶとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、猪苓湯(ちょれいとう)など多くみられます。
 茯苓は淡紅色でよく充実し、噛んだときに歯に粘着するものが良品です。産地は中国(湖北、雲南、広西省、四川省)、北朝鮮、韓国が主で日本産もわずかながらあります。  (針ヶ谷哲也) 



第34回 平成12年2月  生姜(ショウキョウ)

 ショウガは私たちの食生活の中でなじみの深いものですが、薬としても古くから用いられていました。食品としてはシンショウガとヒネショウガがあります。薬では古くは主に生のショウガとこれを乾燥したものを用いてましたが、現在では主にショウガ Zingiber officinale Roscoe の根茎のコルク皮をはぎ乾燥したものを生姜(しょうきょう)と称して用いています。また、ショウガの根茎を蒸して乾燥したものを乾姜(かんきょう)と称し使用しています。ヒネショウガも処方によっては使用しています。しかし、生姜と乾姜の区別は土地(日本と中国)や時代によって異なりますので注意が必要です。
 生姜は健胃作用に優れ、嘔吐や吃逆(しゃっくり)を抑える効果があります。乾姜にも健胃、鎮嘔の効果はありますが、体を温める効果が強いようです。
 生姜はほとんどの漢方処方に配合されていますが、生姜が処方名になっているものでは生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)、生姜半夏湯(しょうきょうはんげとう)、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、茯苓乾姜白朮甘草湯(ぶくりょうかんきょうびゃくじゅつかんぞうとう)などがあります。
 生姜は黄白色で、肥大し、質が充実して、においと辛味が強いものを良品とします。流通ははとんどが中国産(雲南省、貴州省、四川省など)ですが、日本産もあります。  
(針ヶ谷哲也)



第35回 平成12年3月 猪苓(チョレイ)

  猪苓はブナ、ミズナラなどブナ科の植物やモミジ類などの根に寄生し、群生しているサルノコシカケ科(Polyporaceae)のチョレイマイタケ Polyporus umbellatus FRIES の菌核です。猪苓は別名を?豬屎(カチョシ)といいますが、これはその塊が黒くて豬屎に似ていることから名付けられたとされています。
 猪苓には尿を利し、解熱し、口渇を治する効果があるので、発熱、霍乱、膀胱炎、浮腫、眩暈などに応用されます。
 猪苓の含まれる主な処方には胃苓湯(いれいとう)、猪苓湯(ちょれいとう)、五苓散(ごれいさん)、茵?五苓散(いんちんごれいさん)、柴苓湯(さいれいとう)、当帰拈痛湯(とうきねんつうとう)、分消湯(ぶんしょうとう)、九味半夏湯(くみはんげとう)、加味八脉散(かみはちみゃくさん)などがあります。
 猪苓は肥大し、充実しているが質は軽く、外面は黒褐色で、内面は白いものを良品としています。流通は中国産(陜西省、甘粛省)が主で、日本産(福井県、福島県、山形県、青森県)は現在、ほとんど流通されていないようですです。
(針ヶ谷哲也)



第36回 平成12年4月 麻黄(マオウ)

 麻黄はマオウ科(Ephedraceae)の Ephedra sinica Stapf, E. intermedia Schrenk et C. A. Meyer 又は E. equisetina Bunge の地上茎です。マオウからは1982年に長井長義によりエフェドリンという成分が発見されており、交感神経作用薬、鎮咳薬として有名です。マオウは現在、中国から輸出制限がされており問題とされている生薬です。トクサ科の植物の木賊(トクサ)の茎はマオウに類似しているので、かって偽和増量に使われたと云われています。
 麻黄には発汗、利尿、鎮咳、鎮痛の作用がありインフルエンザ、感冒、喘息、浮腫、皮膚疾患、アレルギー性疾患、関節炎、リウマチなどに応用されます。
 麻黄の含まれる漢方処方には麻黄湯(まおうとう)、葛根湯(かっこんとう)、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、小青龍湯(しょうせいりゅうとう)、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、神秘湯(しんぴとう)、?苡仁湯(よくいにんとう)、五積散(ごしゃくさん)などがあります。
 麻黄は古いものが良いという説もありますが、あまり古すぎずにむしろ新しく、味が渋くのちに舌が麻痺するものが良品です。産地は中国(山西省、陝西省、内蒙古、吉林省、遼寧省、河北省、四川省、甘粛省など)です。
(針ヶ谷哲也)



第37回 平成12年5月  桑白皮(そうはくひ)

 桑白皮はクワ科(Moraceae)のクワ Morus alba Linneのコルク層を除去した根皮です。桑白皮は漢方の古典である金匱要略(きんきようりゃく)という書物の王不留行散(おうふるぎょうさん)の条文に出てきます。
 王不留行散は切り傷に使う薬ですが、この薬の構成生薬中に桑東南根白皮とあり、ここでは『旧暦の3月3日に東南の方向に根のはった桑白根を採集する。風の吹く寒い時には桑白皮は採らない方が良い。採集した桑白皮は百日間陰干しにする』となっています。これは桑白皮の薄さに関係しているのではという話もありますが、実際のところどのような意味があるかは分かりません。
 桑白皮は咳を鎮め、水を利し、炎症を抑える効果があり、気管支炎、喘息、浮腫などに応用されます。
 桑白皮の含まれる漢方処方には五虎湯(ごことう)、清肺湯(せいはいとう)、華蓋散(かがいさん)、喘四君子湯(ぜんしくんしとう)、増損木防已湯(ぞうそんもくぼういとう)、分消湯(ぶんしょうとう)、分心気飲(ぶんしんきいん)、王不留行散(おうふるぎょうさん)などがあります。
 桑白皮は皮が薄く、白色で柔軟なものを良品としています。産地は中国(安徽、河南、浙江、江蘇、湖南省など)です。(針ヶ谷哲也)

 

第38回 平成12年6月  五味子(ごみし)

五味子の五味について中国の唐の時代に新修本草(しんしゅうほんぞう)を著した蘇敬(そけい)は『五味は皮と肉は甘く酸く、核中は辛く苦い。全体に鹹味(かんみ)がある。これ即ち五味が具わるものだ』と云っています。
五味子には北五味子と南五味子とがありそれぞれ原植物が異なります。日本で一般に五味子といわれているのはマツブサ科(Schisandraceae)の北五味子の方で、これはチョウセンゴミシ Schisandra chinensis Baillon の果実です。南五味子は日本ではモクレン科(Magnoliaceae)のビナンカズラ(サネガズラ) Kadsura japonica Dunal. を充てていますが中国ではこの植物は無く Schisandra sphenanthera Rehd. et Wils. の果実を指します。
五味子は鎮咳、強精、強壮、収斂の効能があり咳嗽、気管支喘息、疲労、糖尿病、下痢などに応用されます。
 五味子の配合されている主な処方には小青龍湯(しょうせいりゅうとう)、苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)、清肺湯(せいはいとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、清暑益気湯(せいしょえっきとう)、生脈散(しょうみゃくさん)、清熱補気湯(せいねつほきとう)などがあります。
 五味子は紫黒色で潤い光沢があり、味は酸味が強いものを良品としています。産地は中国(黒竜江省、遼寧省、吉林省)、韓国などです。(針ヶ谷哲也)



第38回 平成12年7月  蓮肉(れんにく)

  ハスは昔から日本に自生している多年草で、池や沼、水田に生え、7月頃に紅色や白色の大きな美しい花を咲かせます。花が終わった後、花托が肥大し蜂の巣のようになり、この中に種子が出来ます。このため万葉の頃はハチスと呼ばれ、これが後にハチスのチが短縮されてハスになったとされています。漢方ではこの種子を蓮肉(れんにく)、又は蓮子(れんし)と称し使用します。その他にも地下茎を藕(ぐう)、地下茎の節部を藕節(ぐうせつ)、果実を蓮実(れんじつ)、種子中の胚芽を蓮芯(れんしん)、蓮の花の雄しべを蓮髭(れんしゅ)、蕾を蓮花(れんか)、花の成熟した花托を蓮房(れんぼう)、葉は荷葉(かよう)、葉柄を荷梗(かこう)、葉柄と葉を荷蔕(かてい)と呼び、それぞれ薬として用いていました。
 蓮肉はスイレン科(Nymphaeaceae)のハス Nelumbo nucifera Gaertner の種子です。
蓮肉には健胃整腸、鎮静の効果があり、下痢、口渇、小便の頻数、不眠、心悸などに応用されます。
 蓮肉の含まれている漢方処方には清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、啓脾湯(けいひとう)、参苓白朮散(じんれいびゃくじゅつさん)などがあります。
蓮肉は外面黒褐色の硬い外皮に包まれた中身の子仁が淡黄褐色で、重質のものが良品です。産地は中国(湖南省、湖北省など)です。(針ヶ谷哲也)



第39回 平成12年8月  釣藤鈎(チョウトウコウ)

 釣藤鈎はアカネ科(Rubiaceae)のカギカズラ Uncaria rhynchophylla Miquel または U. sinensis Oliver またはその他近縁植物の通例、釣棘(カギ)です。
 釣藤鈎は鎮痙、鎮静、血圧降下の効があり、脳動脈の硬化、痙攣、高血圧、頭痛などに用いられます。この生薬にはアルカロイドという成分が含まれており、この中のイソリンコフィリン、ヒルスチン、ヒルステインという成分が特に血圧降下作用があると報告されています。釣藤鈎は黄耆(おうぎ)との組み合わせで相乗効果を示し、より効果的なようです。 また、釣藤鈎には抗セロトニン作用が認められており、これが鎮痙、鎮静と関係しているものと思われます。
 釣藤鈎の含まれる主な処方には七物降下湯(しちもつこうかとう)、釣藤散(ちょうとうさん)、抑肝散(よくかんさん)、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)などがあります。最近、この中の釣藤散に脳血流を改善する効果があると報告され話題になりました。
 釣藤鈎は肥大し、茎の混入が少ないものを良品としています。産地は中国の貴州省、広西自治区などです。また、流通はしておりませんが日本にも自生しています(針ヶ谷哲也)



第40回 平成12年9月  地黄(ジオウ)

 地黄はゴマノハグサ科(Scrophulariaceae)のアカヤジオウ Rehmannia glutinasa Liboschitz var. purpurea Makino または Rehmannia glutinasa Liboschitz の根またはそれを蒸したものです。蒸した後に加工調整したものを熟地黄、そのまま乾燥したものを乾地黄、乾燥しない生のままの根を生地黄、鮮地黄といいそれぞれ使用方法が異なります。古方薬品考(こほうやくひんこう)によりますと生地黄は汁を用い、主に出血に使用されます。乾地黄、熟地黄の薬効はほぼ同じです。薬の薬性(性質)は生地黄、乾地黄が熱を取るのに対して熟地黄は体をやや温めます。一般には乾地黄、熟地黄が多く用いられております。
 地黄は強壮、強精、補血、鎮痛の効があり、泌尿器疾患、各種皮膚疾患、貧血傾向、出血、関節炎、慢性関節リウマチ、便秘などに応用されます。
 地黄の含まれる漢方処方には八味地黄丸(はちみじおうがん)、竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、消風散(しょうふうさん)、温清飲(うんせいいん)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、当帰飲子(とうきいんし)、三物黄ゴン湯(さんもつおうごんとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、四物湯(しもつとう)、七物降下湯(しちもつこうかとう)、キュウ帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)、大防風湯(だいぼうふうとう)、滋陰降火湯(じいんこうかとう)、潤腸湯(じゅんちょうとう)、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)等があります。
 地黄(乾地黄)は肥大し柔軟で、甘く、後に苦いものが良品です。産地は中国(河北省、河南省など)、日本(奈良県、長野県など)です。(針ヶ谷哲也)



第41回 平成12年10月  ヨク苡仁(ヨクイニン)

 ヨクイニンと言うとピンとこない人が多いでしょうが、ハトムギなら知らない人はいないぐらい有名です。両者は同じ物で明治からハトムギと呼ばれ、それ以前はシコクムギ、チョウセンムギ、トウムギ、ヨクイと呼ばれていたそうです。ハトムギとはハトがその実を食べることから名付けられました。ハトムギは現在、様々なお茶の類に含まれています。
 ヨク苡仁はイネ科(Gramineae)のハトムギ Coix lachryma-jobi Linne var. ma-yuen Stapf の種皮を除いた種子です。
ヨク苡仁には利尿、消炎、鎮痛、排膿作用があり、浮腫、尿量減少、関節痛、水様便、虫垂炎などに応用されます。又、その他にも民間用法的に美肌、イボとり、母乳を増すなどの効果があります。
ヨク苡仁の含まれる漢方処方には麻杏ヨク甘湯(まきょうよくかんとう)、ヨク苡仁湯(よくいにんとう)、桂枝茯苓丸加ヨク苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)、ヨク苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん)、参苓白朮散(じんれいびゃくじゅつさん)などがあります。
ヨク苡仁は白色で充実して、噛むと歯に粘着するものが良品です。産地は中国では湖南省、河北省、貴洲省、日本では岡山、群馬、大分、秋田です。(針ヶ谷哲也)



第42回 平成12年11月  千振(センブリ)

 センブリは生薬名を千振といいます。これは苦みが強く、千回煎じ(振り出し)ても苦いことに由来しています。又、別名を当薬(とうやく)といい、これはまさに薬であるの意で、良く効くことに由来しています。
 センブリはリンドウ科(Gentianaceae)のセンブリ Swertia japonica Makino の全草で、秋の開花時期に採取します。センブリにはその他にムラサキセンブリ、イヌセンブリ等がありますがこれらは薬用には使用しません。
 センブリは苦味健胃薬、整腸薬として消化不良、腹痛、下痢などの消化器疾患に用いられるほか、外用として育毛剤、洗眼剤、その他皮膚疾患にも用いられています。我が国では室町時代から薬用にされ、健胃、腹痛、皮膚寄生虫の駆除に用いられていました。
センブリは漢方処方には見られませんが、センブリが含まれる薬には当薬末(とうやくまつ)、健胃散(けんいさん)等があり、その他健康茶としても配合されています。
 センブリは苦みが強く、長さの短い者を良品とします。産地は長野、高知、岩手の各県で栽培され生産されています。又、センブリは野生のシカの好物だそうです。野生動物は自分の体に良い食物(薬)が分かるのでしょうね。(針ヶ谷哲也)



第43回 平成12年12月   瓜呂根(カロコン)

 瓜楼根はウリ科(Cucurbitaceae)のシナカラスウリ(トウカラスウリ) Trichosanthes kirilowi Maximowicz, キカラスウリ Trichosanthes kirillowii Maximowicz var. japonicum Kitamura 又はオオカラスウリ Trichosanthes bracteata Voigt の皮層を除いた根のことで、これの果実を瓜楼実、種子を瓜楼仁と称し、それぞれ薬効が異なる漢方薬として使用します。日本市場での流通は輸入品のシナカラスウリが殆どです。
 この中で日本に生育しているキカラスウリは蔓性の植物で外見はカラスウリに似ています。しかし、果実がカラスウリは楕円形で、赤く熟すのに対し、キカラスウリは卵円形で、黄色に熟すこと、花がカラスウリは夕方暗くなってから開花するのに対し、キカラスウリは午後の明るいうちに開花すること、葉にカラスウリは毛が有りますが、キカラスウリは無い等のことが異なります。昔、天花粉として市販されていたものはキカラスウリの根から製したデンプンであせもなどに使われていましたが、現在は見られません。
 瓜楼根は解熱、強壮、のどの渇きを止める、抗腫瘤効果があり風邪、糖尿病、頸部腫瘤等に応用されます。瓜楼仁、瓜楼実は鎮咳、去痰、鎮痛、通便の効果があり、咳、胸部の痛み、粘痰喀出困難、便秘などに応用されます。
 瓜楼根は柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、瓜楼桂枝湯(かろけいしとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)などに配合され、瓜楼仁、瓜楼実は柴陥湯(さいかんとう)、小陥胸湯(しょうかんきょうとう)、瓜楼枳実湯(かろきじつとう)、瓜楼薤白半夏湯(かろがいはくはんげとう)、?楼薤白白酒湯(かろがいはくはくしゅとう)などに配合されます。
瓜楼根は肥大して、白色で苦みのない者を良品とし、瓜楼仁はよく充実して、油分の多いものを良品としています。産地は中国(河北省、河南省、広東省、貴洲省など)が主です。(針ヶ谷哲也)