漢方のお話 7



第68回:平成15年1月   竹の子親勝り

 竹の子の親勝りとはタケノコの成長が早く、すぐに親竹を越してしまうので、子供が親よりすぐれている事の譬えです。
 確かに、成長が早くマダケで1日120cmも伸びることもあり、朝 目が覚めた時、タケノコが畳と天井を貫いていたという話を聞いたことがあります。
 細胞分裂を早めても、個々の細胞が小さくなるだけで、数は増えてもすぐには大きくならないのですが、タケ類の場合は成長点が各節の上に並んでいて、節と節との間の細胞の長さが伸び、節の数が増えているわけではありません。
 地上に現れてから40〜50日で成長は止まります。
 タケ類の世界における分布はヨーロッパや北アメリカ・オーストラリアなどの人々にはなじみが薄く、アジアの東部と南部・アフリカ・南アメリカなどの熱滞や温帯に限られています。
 特に、東南アジアの暖地に最も種類が多く、北上するにつれて、種類が減少し、且小さくなります。
 東京都の民間薬ではタケノコを黒焼にし、打ち身・挫きによる痛みに使用し、仙台の民間薬では靴擦れ・床ずれに飯粒と練り合わせ、患部に貼ります。
 漢方薬ではハチクの葉を竹葉といい、解熱作用があり、流感・肺炎・糖尿病などに使われる竹葉石膏湯に配合されます。
 タケは一年で葉が交替し、入れ替わりに新葉が伸びるので常緑樹のように、いつも変わり無く見えるのが、竹がめでたい植物と思われる理由の一つでしょう。(小根山隆祥)



第69回:平成15年2月   伊吹のさしも草

 百人一首の「かくとだに えやはいぶきのさしもぐさ さしもしらじな もゆるおもいを」の歌で知られている さしも草はヨモギの異名です。
 ヨモギは各地の山野に普通に見られるキク科の多年草で、葉の裏に白毛を密生し、夏に淡褐色の小さな頭状花を穂状につけます。
 葉の裏に密生している毛を集め、五月頃日干しにしてカラカラに乾燥し、臼に入れて粉末状につき、篩にかけて毛だけを集めた物が艾で灸に使います。
 古来から、艾の産地で有名なのが滋賀県の伊吹山で、艾が灸で燃えるのと燃える思いとを伊吹のさしも草にかけたのがこの歌です。
 ヨモギの根と葉は薬になります。葉は6〜7月頃採集し、日干しにした物を艾葉といい、
下利止めに、貧血に、腰痛に、痔の痛みに、効果があり、漢方薬として配合されます。 
 根は酒につけてヨモギ酒にします。ヨモギ酒は喘息に効果があります。
 漢方で黄疸の治療に使われるカワラヨモギの穂である茵チン蒿や駆虫薬であるサントニンを含有するシナ花もヨモギの仲間です。
 弥生の節句には若葉を餅に入れて草もちにし、端午の節句には菖蒲と一緒に風呂に入れので、年中行事の脇役として欠かすことの出来ない植物です。(小根山隆祥)



第70回:平成15年3月   柳は緑 花は紅

謡曲の《東岸居士》に「柳は緑 花は紅」とでてきます。
 桃紅柳緑または柳緑花紅は紅の桃の花と緑鮮やかな柳の葉が美しくさまざまな色彩に満ちた春の景色のことです。
 他に花と柳を使った四字熟語に花街柳巷があり、我が国でよく使われる花柳界(遊郭)はこの熟語に由来します。花柳病というと性病のこと。現在は余り使われなくなりましたが、江戸時代では性病の薬としてワ(ばっかつ)すなわち和山帰来(日本ではサルトリイバラの根茎 ゆり科)、中国では土茯苓(ケナシサルトリイバラの根茎 ゆり科)が用いられていました。
 日本のサルトリイバラは木質つる性の植物で、葉柄の付け根にまばらな刺があり、他の植物に絡み付きます。
 根茎にはスミラックスサポニン・タンニンなどを含有し、梅毒の悪瘡の治療や駆梅療法で用いた水銀剤の中毒に対する解毒剤としても盛んに用いられてきました。
 和歌山県・愛知県の民間薬にも梅毒・淋病に十薬(ドクダミの全草)や金銀花(スイカズラの花)と配合して皮膚疾患の毒出しに用いられています。おできやにきびのはれたものに乾燥した根茎10〜15gを1日量。むくみの時にも同じ分量で水200mlで半量に煎じ3回に分けて空腹時に服用します。
 その他、葉は丸く大きいので端午の節句に餅をつつみ、若葉を茹でて食べたり、茶や煙草の代用にしたり、根を染料とし利用してきました。
 生活に親しかった植物のようです。(小根山隆祥)



第71回:平成15年4月    すみれの花の咲く頃

 山梨県に近い東京の西郊外にある高尾山は日本でも多数のスミレが生育しているところです。少なくとも20種以上のスミレを見ることが出来ます。
 一般にスミレと言われている植物はすみれ科スミレ属の一群の植物で、日本で約100種類があります。
 ただ単にスミレの名を持つ植物は濃い紫の花を持つ日本在来の野草で、年々数が少なくなり、目立たなくなりました。
 日本各地で一番普通に見られるのは薄い紫の花で心臓系の葉を持つタチツボスミレです。
 昭和5年宝塚少女歌劇団の舞台でくりひろげられた「パリセット」というレビューで歌われた主題歌で、当時フランスで流行しているシャンソンの《白いリラの花が咲く頃》のリラをスミレに置き換えて、それ以来この歌は宝塚の象徴となり、今でも歌い継がれています。
 芭蕉が「山路きて 何やらゆかし すみれ草」と呼んでいるのは、恐らく日本在来の濃紫色のスミレでしょう。
 ノジスミレ・ツクシスミレなどの全草を乾燥し、中国では紫花地丁(シカジチョウ)といい、清熱解毒・消腫・消炎など、冷やす働きがあります。補公英・菊花・金銀花などと配合して、頭や顔・背中のおできの治療に使います。
 日本の民間薬で全草を関節炎・しもやけ・腰痛・打ち身。根を不眠症。葉を腫れ物。根茎を食物による中毒の解毒など。多くの応用がありますが、スミレ類のどの植物なのか、明記されていません。(小根山隆祥)



第72回:平成15年5月     鬼も十八 番茶も出花

 品質の悪い番茶でも、煎れたときの最初の出花は香りが高い。そのように器量の悪い娘でも十八ぐらいの年頃になれば、色気も出てきて魅力があるということで、各地にも同義の諺が多い。
 「鬼も十八、蛇も二十、あざみの花も一盛り」「鬼も十八、へくそかずらも花盛り」「南瓜女も一盛り」など。
現在番茶や煎茶は食後や接待上の飲み物として日常用いているが、中国から日本へ初めてやってきた平安時代では薬物として、茶の葉を煮て服用していた。鎌倉時代に栄西などの禅僧により茶の樹がもちこまれ、飲用が始まった。
 「お茶を濁す。(その場をごまかす。一時しのぎの意。)」「茶化す。(ひやかす。まぜかえす。馬鹿にする。)」「茶に酔った振りをする。(知っていても知らない振りをする。)」「茶腹も一時。(お茶を飲んだだけで、しばらくは空腹を凌ぐことができる。)」「お茶を引く。(客が無くて暇でいる。)」「お茶の子さいさい。(物事がたやすくできる)。」などお茶に関する諺が多いのも生活に密接に係わっているからでしょう。
お茶はツバキ科のチャノキの葉を乾燥したもので、加工(醗酵)の違いによって、紅茶、緑茶、ウーロン茶などの別ができる。
 茶の成分は発汗、興奮、利尿作用のあるカフェイン、テオフィリンなどのアルカロイド、下痢止めのチャタンニンを含有する。
 感冒などによる頭痛の漢方薬・川キュウ茶調散に配合され、民間薬としては煎液を火傷やおむつかぶれに湿布し、口内炎や喉の痛みにうがいする。(小根山隆祥)



第73回:平成15年6月     牡丹に蝶

 ご存知、花札の図柄にある文様は工芸美術の世界では古くから蒔絵手箱や陶磁器・染織に使われてきました
 牡丹と唐獅子が出てくる歌舞伎の所作《鏡獅子》にも胡蝶が二匹でてきて牡丹の、造花に戯れて踊ります。
 唐の五言律詩など中国の文藝にも牡丹と蝶の組み合わせが現れ、また幾つかの伝説もあるので、中国から日本へ渡ってきた話なのでしょうが、実際には植物のボタンに蝶がよってくることは少ないようです。ボタンの花は決してよい香りとは云えない独特の匂いを放散しております。
 花には大量の花粉をつけていますが、花蜜を出さないので、ボタンと蝶とは共生関係ではありません。ボタンの花によってくる虫は幼虫を養うために花粉を集めるハナバチの類です。
 ボタンは元来日本には野生がなく、中国大陸から渡ってきた薬用植物で、奈良時代の《出雲風土記》にはボタンに対して「ふかみくさ」の名があげられています。
 中国で花王と呼ばれるほど花が美しいので、平安時代には貴族たちの間で花を愛でる観賞用となりました。江戸時代には広く商家まで栽培されるようになりました。
 現在は重要な薬草として取り扱われております。
 その根の皮は牡丹皮といい、臓器の熱を取り除き、血液の循環を活発にする働きがあり、更年期障害や無月経・生理痛などの婦人薬に、また急性虫垂炎(盲腸)を治療する漢方薬大黄牡丹皮湯などに配合されます。(小根山隆祥)



第74回:平成15年7月     美しい花には刺がある

 絶頂と思われている幸福の中にも不幸がちらつく事もあり、美しい女の裏には何かがあるから注意しろという意味を薔薇の刺に譬えた人生訓です。
 現在、日本で観賞用として公園や家庭で栽培されている美しいバラは南ヨーロッパで育成され、改良された植物で、花から香料の原料となるローズ油がとれます。
 日本の野原でよく見るバラはノイバラで、芳香が有る白色の花を薔薇花。果実を営実.葉を薔薇葉。根を薔薇根といい、薬用に使用しています。
 葉と根と花の薬用は中国の漢方薬の本に記載されています.
 薔薇葉は排膿薬として化膿に、薔薇根は下痢・関節炎・鼻血・痔などの出血・化膿・炎症などに、薔薇花は暑さ負け、健胃に、また桔梗・甘草と配合されて口内炎や咽の痛みに用いられます。
 営実は中国では薬用にせず、日本の民間薬で古くより便秘や浮腫に使用される瀉下・峻下薬として知られ、今日でも下剤の家庭薬に配合されたり、サプリメントとして単味で販売されています。
 薬用には赤く成熟する一歩手前の少し青みがかったものを採集し、乾燥して用います。
 営実にはフラボノイドやトマトと同じ紅色素リコピンなどが含まれています。
 近縁種のテリハノイバラやフジイバラの果実も同様に用います。
欧米では近縁種のドックローズなどの果実と花弁がローズヒップと呼ばれ、ビタミンCの豊富なハーブテイとして愛飲されています。(小根山隆祥)



第75回:平成15年8月      月の桂

 お月様に白兎がいて、餅を搗いているのが、子供の頃の月のイメージでしたが、中国の古い伝説によると、月の世界には月桂が生えていて、そこで白い兎が薬草を搗いている。というのです。日本で餅つきと見られていた杵と臼は中国では薬草を搗く姿にされています。
 その月桂は伝説に語られた空想の樹木ですが、地球上には月桂樹という くすのき科の植物はあります。
 「桂」と言う漢字は木の形が圭 すなわち三角形の形をした恰好いい木を現わしていて、少なくとも3種類の香木が充てられています。
 @ 漢方薬によく配合されているケイ・ヤブニッケイ・セイロンケイヒなどのくすのき科の植物。
 A 夜、どこからともなく芳しい匂いをくれる花を咲かせるギンモクセイ・キンモクセイなどのもくせい科の植物。日本特産の樹木かつら科の植物カツラです。
岐阜県や新潟県の民間薬では急性リュウマチにギンモクセイの幹を切片にし、30gほどを一升位の水で煎じ、発熱時に患部を温めます。
 B 日本特産の樹木 かつら科の植物 カツラです。 カツラは初夏、赤い小花をつける落葉高木で、材は緻密で割りやすく、狂いが少なく、工作が容易です。耐久性が強いので、建築材や製図板、楽器、時計の枠、帽子・靴その他の木型、寄木・象嵌その他の小細工物など極めて広く利用されています。油絵用のスケッチ板、版画の板木としても勝れていますが、@・Aの植物のように薬用には余り使われていません。(小根山隆祥)



第76回:平成15年9月      芋名月

 旧暦八月十五日の十五夜 満月に芋や月見団子、薄の穂を供える昔からの慣わしがあります。
 日本の年中行事の中で芋といえば、サトイモ(里芋)をさす事が多く、やまのいも科のヤマノイモ(山の芋・自然薯)に対して栽培された芋をいい、家ツ芋ともいってました。
 葉はハスの葉に似ている植物で、塊根である芋頭の両辺にいくつかの子を付けたものを親芋・子芋といって、共に食べます。
 親芋は田楽に、薄い皮をつけた小芋(子芋)は表被(きぬかつぎ)といって、茹でて食べます。芋がら(茎)は汁物や和え物にします。
 江戸時代の人 人見必大の《本草食鑑》には内服すると芋は宿血を破り、知覚の麻痺した肌を去り、気を下し、腸を寛げる。とあり、外用には生のまま擂って、火傷や打ち身の患部につければよい。とあります。虫にかまれた時、芋がらをもんで塗るのも良いとも言われています。
 お嬢さま育ちで世事に疎く、芋が煮えたか煮えてないのかを知る方法もわからないことに「芋の煮えたもご存じない」といいましたが、最近は意味の範囲も広くなり、つんぼ桟敷に置かれた人への皮肉をこめた表現にも使われています。
 海水浴や通勤ラッシュのように人ごみの中で、もみくちゃにされている様子を「芋の子を洗うような」と表現します。
 芋はいろいろな譬えにも使われていますね。(小根山隆祥)



第77回:平成15年10月     火中の栗を拾う

 囲炉裏の火の中で、いつ弾けるかわからない栗を拾い出すのは自分の利益にならぬのに危ない事に手を出すな。という戒めの言葉です。
 この物語は《寓話》という本に「サルトネコ」として収められているとの事です。
 猿蟹合戦のおとぎ話では蟹の助太刀をした栗は囲炉裏から弾けて、猿に火傷をさせる役目です。
 栗の語源は実の色が黒いのでクロイ(黒)からクリとなり、漢字の栗は木の上のイガをあらわす象形文字で、クリ類の総称です。日本のクリにも、古くから栗の字を慣用しています。
 日本のクリは日本と朝鮮半島に産し、国内では北海道から九州にまで分布します。
 中国には日本と同じ種類のクリは産していません。
 実に角がついていて、ころころと転がらないので、ぶな科ですが、どんぐりの仲間には入れません.
 イガの黒焼は栗総包霜といって、頭の毛を増す働きがあるといわれていますが、イガと髪の毛の形が似ているのを連想した、「似た物は似た物を治す」という象形薬理的な考えからでしょうか。
 漆かぶれに生の葉をもんでつけるか、よく乾燥した葉を一握り取り、水500mlで煮て、この汁が冷めてから患部に塗ります。
 火傷にも同じ方法で煎じた汁を脱脂綿に含ませ、その汁を絞るようにしてぬるか、黒焼にしたイガを馬の油に練り合わせ、患部に塗り、乾いたら再びその上に繰り返し塗ると良いとの事です。(小根山隆祥)



第78回:平成15年11月      杉葉の酒林

 田舎へ行くと、古い酒屋の軒先にスギの葉を丸く束ねた薬玉(くすだま)のような物がぶら下がっています。これが杉葉の酒林で、杉林(すぎばやし)とか、杉丸(すぎまる)・酒箒(さかぼうき)など、いろいろな呼び名があります。
 昔から伝えられてきた酒屋の看板で、造り酒屋がその年の新酒を小売の酒店に出荷するために、スギの木で酒樽を作ったとき、残りのスギの葉を集めて送って新酒入荷のお知らせに吊り下げたのが始まりだそうです。
 《大和本草》に「木 直なり。故に、スギという。スキはスクなり。」とあり、幹がほぼ真っ直ぐに伸びる木なので、スギとなったとしています。
 スギは常緑高木で枝に細かい針葉が密に並んでいるので、漢字の杉は木偏に細かい物が多く並んでいる様を現わしています。
 その乾燥した葉約10gを水400〜600mlで煎じて3回に分けて服用し、利尿・淋病・痔疾などに。また、材部を砕き、約100gを水600〜800mlで煎じ、冷ましてからうるしかぶれの患部を洗います。乾燥樹皮を火傷にと、いろいろの部分を民間薬で利用します。
 たる酒のほのかに漂う木の香りは酒樽のスギの材からしみ出したセスキテルペンなどの芳香成分です。
 スギの葉にもピネン・テルペン成分が含まれ、芳香があり、粉にした物に着色料と香料を加えて水で練り、細い棒状に延ばし、乾燥して線香や抹香を作ります。
 水洗の普及しなかった頃、便器にスギの葉が束ねて置いて合ったのを思い出します。(小根山隆祥)



第79回:平成15年12月      難波の芦は伊勢の浜萩

 難波ではアシと呼んでいる植物を伊勢の国ではハマハギという。物にはその土地、土地によって呼び名がさまざまで、事情も夫々異なるという諺です。
 古代の日本は豊葦原国(とよあしはらのくに)と呼ばれたように、アシが多く生えていて、万葉集では葦・芦・安之・阿之など47種もあるのは上代人の生活と関係が深く、身近で親しまれた植物だからでしょう。
 アシは水辺に生育する多年草で、地下に根茎を有し、地上部の形はややススキに似ています。
 一名ヨシと言われえるのはアシの音が悪しを連想し、それを嫌って反語の善しを用いたからで、現代の植物図鑑をみるとヨシを標準和名とし、アシを別名にしています。
 ヨシはその根茎を芦根・芦茎・葦茎といい、清熱・生津・除煩・止嘔の作用があり、口渇・嘔吐・肺炎・気管支炎などの治療に用います。
 ヨク苡仁(ハトムギ)・冬瓜子(トウガンの成熟種子)などと配合される葦茎湯は気管支炎や肺化膿症などで臭い膿性痰の見られるときに使われます。金匱要略という今からおよそ2000年前の中国 漢の時代に記載されたという漢方の古典に記載されています.
 ヨシの筍は少し苦味がありますが、「タケノコ」と同じように調理する事によって食べる事が可能であり、成長した茎は製紙およびパルプの原料とすることが出来ます。
(小根山隆祥)