漢方のお話 6



第56回:平成14年1月   梅に鶯

 季節の組合せとして、花札の図柄にもなり、人の口にもよく登ります。
 我が国では奈良時代以前、先ず薬物『漢訳名 烏梅』で梅の実が紹介され、その後ウメの木が渡来すると、文人たちにもてはやされ、万葉集に、漢詩の懐風藻に、源氏物語や紀貫之などの物語に多くの歌の題材に詠まれています。
 万葉集にはウメの歌が118首、鶯との組み合わされた歌が13首。懐風藻には「春日鶯梅をもてはやす」と梅と鶯が組み合わされています。
 日本の生物季節でみると、ウメの平均開花日は東京地方で1月31日から
2月10日になっており、鶯の初鳴き日は同じ東京で2月18日から3月10日の間です。
 鶯は昆虫類が主食で、コガネムシやハムシガの幼虫、アリなどを食べています。
 一方、ウメの花蜜を舐めて花粉運搬の手助けをするのは気温が低い時期なので種類は少ないのですが、ハナアブ、アシブトハナアブ、クロバエなどの双翅類です。
 ウメと鶯の間には共生と言うような生態関係は余り無く、蜜とも縁が無くがなく、花粉の媒介にも役立っていない様です。ただ、両者は早春の使者の組み合わせとして、日本人の心の中に育っているのでしょう。
 最初、薬として入って来た梅の実は古くから民間薬として豊富に使われております。
 風邪には梅干を黒く焼き、熱湯を注いで熱い内にのむとよく、また梅肉エキスを食あたり、下痢。その他地方では万能薬として使っています。
 果肉の酸味はクエン酸・コハク酸・リンゴ酸.酒石散などの有機酸で疲労回復・健康保持に一日1回食べるとよく、また梅酒としても好まれています。
 こんな うめー 薬はありません。(小根山隆祥)



第57回:平成14年2月   明日は桧

 「桧舞台を踏む」という語があります。
 役者が立派な舞台の上にたって芝居をすること。転じて志を抱く者が晴れて世に出て、一流の場所で自らの技量を披露することを言います。
 一般の劇場では杉板を張っていますが、一流の芝居小屋では桧板で、特に昔から能舞台は桧の厚板に釘を使用しないで楔止めで張ったので、弾力を持って舞いやすくなっておりました。
 樹木名の桧は万葉集には「ひ」と読まれていますが、平安時代から現代まで「ひのき」とよばれています。
 ヒノキの茂った山では風によって枝と枝とが擦れ合って発火し、山火事になることが少なくありません。また、伊勢神宮では神饌を調えるための火は古式のままの発火法により、桧板を火きり面とし、ヤマビワ(あわぶき科)の棒を火きり棒にして発火させています。同じ古い発火法は出雲大社・大国魂神社などでも行われていますので、「火の木」の意味だと言われています。
 しかし、よく発火するのはヒノキよりスギ・マツ・ホオノキ・サクラ・カツラなどが効果的だとか、「ひ」の古い発音で火と日が異なるので、「日の木」「霊の木」ではないかと言う説もあります
 そのヒノキに明日なろうという意味の名が付いているのがアスナロです。
 ヒノキと同じひのき科ですが、別の種で勿論ヒノキに成るわけではありませんが、
アスナロの葉がヒノキより厚いので厚葉桧(あつはひ)が明日は桧(あすはひ)に訛ったのでしょう。 
 似ている植物名にせり科のアシタバ(明日葉)があります。成長が早く葉を摘んでも明日になるとまた葉が伸びて出るので、この名があります。
 春先の若葉は茹でて浸し物、和えもの、天ぷらにします。多少、苦味が残りますが、特有の香りがあり、美味で各種のビタミンが多く含まれています。
 更に、利尿・緩下・毛細血管強化・催乳・強精作用などもあると言われており、近頃では『明日は元気になろう』と健康食品として販売されています.(小根山隆祥)



第58回:平成14年3月   やはり野におけ蓮華草

 ”手に取るな、やはり野に置け蓮華草” 滝野瓢水の句です。
知人が遊女を身請けしようとしたのに送った句とのこと。
野の花は山野に咲いてこそ美しく眺められるもので、家の中に移してはその美しさも失われてしまう。と言う意で知人を戒めたのでしよう。
レンゲソウはレンゲ・ゲンゲとも言われて親しまれているまめ科の2年生植物ですが、日本在来の野草ではなく、中国原産の栽培植物です。 現代中国名は紫雲英。
種子を播いて、水田や湿地に窒素肥料確保の為に緑肥として作っていたのですが、最近は化学肥料を使うことが多くなってきたので、一面レンゲの絨緞と言うのが
極めて少なくなりました。
一方、レンゲに替わって春の野を代表するように咲き覆っているのが、しそ科のカキドウシです。花が終わると、茎は土を這うように伸び垣根を通り越して、よそに侵入するので、「垣通し」の名が付きました。小児の癇・糖尿病に全草を4〜5月頃花の咲てる時に採集します。癇取り草の名もあり、民間薬としては有名です。
しかし、ゲンゲは全草を民間で利尿・解熱・リュウマチなどに用いると記載している本もありますが、余り有名な民間薬ではありません。
(小根山隆祥)



第59回:平成14年4月   花より団子

 満開の桜の下、緋毛氈の床机に腰をおろして花見団子を食べる。花はどうでも宜しい。風流よりも実利を取るという諺。
いろはカルタの「は」に取上げられてます。因みに関西では ”針の穴から天井をのぞく” になっています。
室町時代の俳諧書『犬筑波集』に収載されている ”花よりは団子と誰か、いわつつじ”が出所です。
諺の花は桜とは限らないのでしょうが、花見団子と言えば一番桜が適しているようです。
サクラは落葉樹で主に花を観賞する十数種類の総称です。
薬には樹皮を使い、桜皮といいます。魚の中毒・蕁麻疹・腫れ物などの皮膚病の治療、下熱・咳止めとして使われています。
江戸時代、日本で初めて麻酔手術をした外科医華岡青洲が創生した十味敗毒湯に桜皮を配合し、浸出液が少ない乾燥したかゆみのある皮膚病に使います。
桜皮のエキス製剤は一般薬の鎮咳去痰薬として市販されております。
団子に限らず、花を見た帰りに食事をしたり風呂に入って帰るのも『花より団子』でしょうか。 (小根山隆祥)



第60回:平成14年5月   卯の花におう垣根

 小学唱歌の ”卯の花のにおう垣根に、ほととぎす はやも来鳴きてーーー” とうたわれて世に知られていますが、万葉集に ”ほととぎす 来鳴きとよもす 宇乃花に” と詠われ、万葉の時代から ほととぎすと卯の花とは対になっております。
卯の花は ゆきのした科のウツギの花のことです。
ウツギの名は幹が空ろになっているから空木(うつぎ)と言う説。陰暦の4月(卯月)に白い花が咲くから、白い兎を「う」と簡略に呼び、後に花を付けて、卯の花とした説。ウツギの材が木釘に使われるので、打つ木との説もあります。○○ウツギとウツギの名が付いている植物は みつばうつぎ科・ばら科・どくうつぎ科・ふじうつぎ科・すいかづら科と幾つかの科に分類されておりますが、幹の空ろでないものも多く、花の色も白いとは限りません。低木で樹形が似ており、葉の対生している点がこれらの多くの樹木に共通しています。
ウツギの薬用部分は毛があってざらざらしている葉と球形の果実。葉は6月頃の開花中に採りり、日干しにします。果実は9〜10月頃採って、日干しにします。共に利尿作用があり、果実は3〜10g、葉は10〜20gを1日量として煎じます。(小根山隆祥)



第61回:平成14年6月   柳の下に泥鰌はおらぬ

 ヤナギの下で一度はドジョウを捕らえたとしても、いつもとれるとは限らない。うまい話がいつまでも転がっているわけではない。という諺です。
 中国の故事で『韓非子』にある『株を守りて鬼を待つ』という言葉と同義で再度の幸運を期待するというよりも古い事にこだわって臨機応変の行動のできないことへの戒めなのでしょう。
 しかし、ドジョウは4月の下旬から6月の下旬の頃に泥の多い溝や田圃に集まって、
柳の下に、寄り付くことは少ないようです。
 ヤナギには柳と楊の二つの漢字があります。柳という字はシダレヤナギに代表され、
葉が細くて、枝が柔らかくしだれている植物に用い、楊の方は葉に丸味があって、枝が堅く上向くヤナギ、すなわちネコヤナギやポプラの仲間の樹木をいいます。
 楊子は文字道り、元来はヤナギの材で作られたものですが、今の爪楊枝はシラカバ
(カバノキ科)、ウツギ(ユキノシタ科)で作り、高級爪楊枝はクロモジ(クスノキ科)) が用いられています。
 シダレヤナギは中国から渡来しました。柳絮はシダレヤナギの綿で、種子の純白の長い細毛を綿のようにつけたものです。これが春になるとふわふわと飛び交うのが中国大陸の春の景色です。日本ではシダレヤナギの大部分が雄株で種子を作らないのと、湿度が多く綿が落下してしまうので柳絮は少ないとのことです。
 ヤナギの仲間は樹皮にサリシンを含有し、解熱・鎮痛作用があります。サリシンは
解熱鎮痛剤のアスピリン(アセチルサルチル酸)と類似の構造をもっています。
 シダレヤナギの下にはドジョウだけでなく幽霊もしばしば登場しますね! 
(小根山隆祥)




第62回:平成14年7月   瓜二つ

 よく似ている・そっくりの形容に使う語彙です。
江戸時代初期の俳諧手引書『毛吹き草』には ”瓜が二つに割りたる如し” とあるように、瓜の実を二つに割って両片が全く良く似ている譬えとされています。
瓜に関しては万葉集に山上憶良の有名な歌があります。 ”瓜食めば子供思ほゆ、栗食めば況して思ぼしーーー” 古代の日本で瓜といわれているのは今日でいうマクワウり・シロウリの類で、日本在来の植物ではなかったので、貴重な品ものだったから上記の歌が詠まれたのでしょう。
 マクワウリの果肉は水分及び甘味が多く特有の芳香があり、夏の生果として広く食用に供され、殊に冷やして、厚く皮をむいて食べると美味です。
シロウリの果実にはマクワウリのような甘味はや香気は無く、生では食用とされず、通常漬物として賞用されます。
 瓜と呼ばれるのはうり科の植物の生食できる果実は、一般に利尿作用があります。   
 体の中の生理的に余分な水分を汗か小水で出すことによって、夏の暑い日のだるさや夏負けを避けることが出来ます。それを手助けするのが、夏採れるスイカやキウリを食べることです。
 果実以外では未熟のマクワウリの蔕(催吐)トウナスの種(駆虫)ヘチマの水(茎から取った液汁ーー鎮咳・化粧用)が利用されます。(小根山隆祥)



第63回:平成14年8月   東男と京女

 それぞれ江戸と京都で男は東国の男、特に江戸生まれの男。女は優雅で美しい京の女性が良いと。同様に、染色で江戸紫と京紅・あるいは京鹿の子または京緋色と対抗意識を巧みに諺で表現しています。
 江戸紫とは歌舞伎十八番の『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』で、花道から登場して来る助六の出で立ちが黒羽二重の小袖に紫縮緬の鉢巻をしめています。この紫が江戸紫で、江戸の粋と江戸っ子を象徴する色だったのです。
 紫染にはむらさき科の植物ムラサキの根(紫根)とアルミニウム分に富むツバキの枝または葉の灰を使います。灰汁を多く用いると葡萄〔海老〕染めに相当する赤紫の色調を表し、灰汁も煮沸した浸出液も多く用いると黒紫色に染まります。
 紫根の色素はシコニンという成分で、漢方では紫根を主薬とする紫根牡蠣湯を皮膚病やがんの治療に内服し、紫雲膏という軟膏を焼けどやしもやけ・切り傷の血止め・痔などに外用します。
 中国名 紫草の紫は古代中国で青と赤の中間色を示す色名であり、日本語のむらさきは『群って咲く』からに由来すると言われています。(小根山隆祥)



第64回:平成14年9月   茜さす

 ”茜さす紫野行き、標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る”は万葉集にある額田王(ぬかたのおおきみ)の有名な恋のうたです。
 茜指すというのは茜色に照り映える意味で日・昼・照る・君・紫などの枕詞として、茜さすを使っています。
 アカネはあかね科の日本・朝鮮・中国・台湾に産する多年生のつる性植物で、葉が一見四輪生に見えます。根を引き抜いてみると、細い黄赤色で、染めた時鮮やかな赤になるとは思えない色ですが、この根にはプルプリンという色素が含まれていて、木の灰を媒染として染めると、緋色〔黄味の多い赤〕になります。
 ヨーロッパにはセイヨウアカネがあり、狭葉で一見六葉輪生を呈し、その根に含まれる酵素によって分解し生じた赤色色素アリザリンは日本のアカネよりも濃厚な赤色となります。
 古代から たで科の植物アイ、むらさき科の植物ムラサキなども染色に利用されていましたが、アリザリンが合成されてから、植物由来の染料は衰退していきました。
 さて、薬用にはアカネの根を茜草(せんそう)根と言って、止血・利尿・強壮・鎮痛に用い、セイヨウアカネは腎膀胱結石に用いられています。
(小根山隆祥)



第65回:平成14年10月   山でうまいはオケラにトトキ

”山でうまいはオケラにトトキ、里でうまいはウリ ナスビ” 信州あたりの俗謡に歌われている言葉です。
 オケラは きく科の多年草で、秋に咲く花の周りに棘の多い苞に囲まれていますが、若芽は白い軟毛に包まれて柔らかい。漢方では根茎を朮といい、体の中の生理的に余分な水分を取る働きがあり、利尿薬・芳香健胃薬として用います。民間では湿気を払いカビを防ぐ効果があるとして、梅雨の頃タンスの中に入れたり、倉庫内でこれを燻すことがあります。
 トトキは ききょう科の多年草ツリガネニンジンで秋に薄い紫色の釣鐘型の小花を吊り下げます。その根の形は人参(チョウセンニンジン)に似ていて薬用にされるので、漢方では根を沙参といいます。沙参には去痰・健胃・強壮作用があります。
 オケラ・トトキ共に味があっさりしていて、あくのない山菜で美味です。
 浸し物、各種の和えもの、てんぷら、汁物の具などの料理で賞味されています。
 その他、山菜と言われているものは救荒食品の書物に記載されていて、タビラコ・ナズナ・ハハコグサなどの春の七草やアザミ・コゴミ・タンポポ・ツクシ・ニガナ・ヨメナ・ワラビ・ゼンマイなどが有名です。(小根山隆祥)



第66回:平成14年11月   どんぐりの背比べ

 どんぐりはどれも似ていて、ぬきんでた者がないことに譬えて平凡な者が並んで、特に勝れたものの無いことをいいます。
 しかし、雑木林に出かけて、どんぐりを拾ってみると、木の種類により果実の形や大きさ、どんぐりの入っている殻斗の形に変化があり、どんぐりは似たりよったりとは言えません。どんぐりといわれるものはアカガシ・アラカシなどのカシ類、クヌギ・カシワ・コナラなどのぶな科コナラ属、ツブラシイなどのシイ属の実で、丸や楕円、卵の形をした堅い果皮に包まれたお椀のような入れ物の上に乗っています。このお椀を殻斗と呼んでます。 この仲間の樹皮は樸ソクまたは土骨皮といい、でんぷんに富み、タンニンやフラボノイドのクエルチトリンを多く含有し、収斂・抗菌作用などが知られており、おでき・痔・下血に用います。
 香川修庵は打ち身による腫れや痛みに川骨・川キュウなどと配合して治打撲一方を創生しました。
 植物名は国の木からクヌギになったと言われておりますが、中国のクヌギは麻櫟、生薬名は橡木皮、果実を橡実といいます。
 一方、中国名で樸ソクというのは同属のカシワの植物名です。
 中国と日本では同一植物でも名前が違うことがあり、また一方では異なる植物でも同じ植物名を持っていることがあります。
(小根山隆祥)



第67回:平成14年12月   白砂青松

 日本列島には幾つかの種類のまつ科植物が生育してますが、なかでもクロマツとアカマツは身近な樹木として代表的なものです。
 この2種はいわゆる二本の針葉からなる二葉系、これに対して5本の針葉からなる五葉系にハイマツ・ゴヨウマツ・ヒメコマツなどがあります。因みに、ダイオウショウなどの外来の松は三葉系です。
 中風・高血圧の治療や血行を盛んにする薬用酒としてアカマツを使用します。
 『白砂青松』は真っ白な砂が長く広がる浜に、緑の濃い松林が連なると言う日本の海岸美を表現する四字熟語です。
 海岸近くに生育するのがクロマツ。能で知られる高砂の松、羽衣伝説の三保の松原、東海道の松並木など、なじみの松の名所はクロマツ林の風景です。
 内陸に育つアカマツの林はマツタケの採れる山です。
 海岸でも北陸地方ではアカマツです。桃山時代の長谷川等伯の名画 国宝『松林図屏風』はアカマツの林の水墨画で、能登の風景ではないかといわれています。
 友人との付き合いが途絶えることの譬えに『青松落色』と言う四字熟語があります。中唐の詩人 孟郊の詩『衰松』が出典です。青松は常緑樹である松のことで、落色とは常緑の松の色があせること。青い松がいつまでも、その色を保つように人の心がいつまでも変わらないことを「青松の心」といいます。
 青松落色にならぬ様、年賀状を書きましょう。 (小根山隆祥)