漢方のお話 4



第33回:平成12年1月   胡麻を摺る

 すり鉢で胡麻の種を摺りつぶすと、鉢の内側の周りについてしまいます。あちらにも、こちらにもつく。人に諂う(へつらう)態度をいいます。幕末の天保頃から流行した俗言で、初めは告げ口する意味で使われてました。
 古代の中国では遠く西域からシルクロードを経由して、伝来した植物や物品に胡(西方の異民族)の字をかぶせて名づけています。例えば胡桃(クルミ)、胡瓜(キュウリ)などで胡麻もその一つです。
 紀元前126年にシルクロード交通の開設者張塞が中央アジアの大苑から持ち帰ったという古書もありますが、紀元前3000年頃の浙江省の遺跡から黒胡麻の種子が出土したとも云われているので、古くから中国に入っていたことがわかります。 ゴマはゴマ科、一年草で、熱帯アフリカ原産です。ゴマの種子には良質の油が多く含まれていて、なお独特な芳香があるので、昔から食用として重く用いられてきました。奈良時代の正倉院の文書に諸国から胡麻が貢物とされていた記録があります。奈良時代の食用油としては荏油(エゴマの油)、曼椒油(イヌザンショウの油)、麻子油(アサの実の油)、海石榴油(ツバキの実の油)などがあり、その中でも胡麻油が最も多く使われていたとの記録もあります。
 漢方薬にも胡麻油が使われております。ヤケドの薬や痔の治療に使われる紫雲膏の基材として、純粋な胡麻油が用いられ、当診療所自製の紫雲膏は伝統的な製法で製られております 。(小根山隆祥)


第34回:平成12年3月   漢方とワープロ

私は最近、手書きの原稿を書いたことがありません。
先日、当診療所の初代所長:大塚敬節先生の生誕百周年の記念式典が都内のホテルで催されましたが、その際大塚敬節先生の「漢方診療医典」の原稿などが展示されました。もちろん手書きで、所々修正がありました。私などはすでに漢字がほとんど書けない状態になっていまして、手書きで原稿を書こうなどと思ったら漢和辞典と首っ引きになってしまいます。ワープロは非常に便利で、校正も簡単だし、一度書いた原稿の使い回しもできるしで、良いことだらけですが、どうも使っている人間の頭はその分劣化してくるような気がします。漢方の原稿を書くときに問題になるのは、漢方用語、生薬名などに一般にワープロに入っていない漢字が多いことです。以前は外字を作って印刷をしていましたが、現在のようにインターネットなど通信を使うようになりますと、相手のパソコンに外字が入っていないと字が抜けてしまいます。最近ではユニコードが使えるワープロも出てきまして、ユニコードですとほとんどの漢方用語が間に合いますが、やはりユニコードのフォントとそれを使える環境がないと役に立ちません。MSのInternet Explorerなどもユニコードの表示が出来ないようなので、この「漢方のお話」のなかでも生薬名などを書くときに(くさかんむりに弓)などというように、なかなか苦労があります。日本語でパソコンやワープロを使う環境がもう少し整わないかなー、との思いがいたします。すると私の頭はますます劣化していくかもしれませんが…。(山田享弘)



第35回:平成12年4月   菜種梅雨(なたねづゆ)

 3〜4月という早春、菜の花の咲く頃、降り続く長雨を菜種梅雨という。6月過ぎの本格的な梅雨時の梅雨前線のように日本列島の南岸に前線が停滞して、雨が長く降り続くことが多い。
 丁度このような時期の諺に「菜種の花盛りには狐にだまされる。」というのがある。通称、ナタネと呼ばれる植物はアブラナ科のアブラナで、アブラナの花盛りの頃には狐に用心しろということだが、事実は狐にだまされるというよりは、この季節精神不安定な人が多くなるということだろうか。
 「菜種河豚(なたねふぐ)」という用語もある。アブラナの実の熟し刈り取る頃、河豚の毒にあたり易いという警告である。河豚の毒は12月〜6月の抱卵期に含量が多くなり強くなるが、おいしさもその頃が最高。
 「河豚は橙(ダイダイ)の色づく頃から食べ始め、アブラナの咲く頃食べ終わる」といわれているが、毒の強い時と美味のシーズンとは重なっている。
 そのアブラナは名前油菜の通り、その種子から油を取り、ナタネ油として軟膏、食用、灯用、機械油に用い、そのしぼり粕は肥料とする。
 アブラナの若い茎葉はゆでて、おひたし、あえもの、サラダ、煮物などに広く利用され、季節を教えてくれる。(小根山隆祥)



第36回:平成12年5月   柳の下に泥鰌はおらぬ

 ヤナギの下で一度はドジョウを捕らえたとしても、いつもとれるとは限らない。うまい話がいつまでも転がっているわけではない。という諺です。
 中国の故事で『韓非子』にある『株を守りて鬼を待つ』という言葉と同義で再度の幸運を期待するというよりも古い事にこだわって臨機応変の行動のできないことへの戒めなのでしょう。
 しかし、ドジョウは4月の下旬から6月の下旬の頃に泥の多い溝や田圃に集まって、
柳の下に、寄り付くことは少ないようです。
 ヤナギには柳と楊の二つの漢字があります。柳という字はシダレヤナギに代表され、
葉が細くて、枝が柔らかくしだれている植物に用い、楊の方は葉に丸味があって、枝が堅く上向くヤナギ、すなわちネコヤナギやポプラの仲間の樹木をいいます。
 楊子は文字道り、元来はヤナギの材で作られたものですが、今の爪楊枝はシラカバ
(カバノキ科)、ウツギ(ユキノシタ科)で作り、高級爪楊枝はクロモジ(クスノキ科)) が用いられています。
 シダレヤナギは中国から渡来しました。柳絮はシダレヤナギの綿で、種子の純白の長い細毛を綿のようにつけたものです。これが春になるとふわふわと飛び交うのが中国大陸の春の景色です。日本ではシダレヤナギの大部分が雄株で種子を作らないのと、湿度が多く綿が落下してしまうので柳絮は少ないとのことです。
 ヤナギの仲間は樹皮にサリシンを含有し、解熱・鎮痛作用があります。サリシンは
解熱鎮痛剤のアスピリン(アセチルサルチル酸)と類似の構造をもっています。
 シダレヤナギの下にはドジョウだけでなく幽霊もしばしば登場しますね!
(小根山隆祥)




第37回:平成12年6月   鬼も十八 番茶も出花

 品質の悪い番茶でも、煎れたときの最初の出花は香りが高い。そのように器量の悪い娘でも十八ぐらいの年頃になれば、色気も出てきて魅力があるということで、各地にも同義の諺が多い。
 「鬼も十八、蛇も二十、あざみの花も一盛り」「鬼も十八、へくそかずらも花盛り」「南瓜女も一盛り」など。
現在番茶や煎茶は食後や接待上の飲み物として日常用いているが、中国から日本へ初めてやってきた平安時代では薬物として、茶の葉を煮て服用していた。鎌倉時代に栄西などの禅僧により茶の樹がもちこまれ、飲用が始まった。
 「お茶を濁す。(その場をごまかす。一時しのぎの意。)」「茶化す。(ひやかす。まぜかえす。馬鹿にする。)」「茶に酔った振りをする。(知っていても知らない振りをする。)」「茶腹も一時。(お茶を飲んだだけで、しばらくは空腹を凌ぐことができる。)」「お茶を引く。(客が無くて暇でいる。)」「お茶の子さいさい。(物事がたやすくできる)。」などお茶に関する諺が多いのも生活に密接に係わっているからでしょう。
お茶はツバキ科のチャノキの葉を乾燥したもので、加工(醗酵)の違いによって、紅茶、緑茶、ウーロン茶などの別ができる。
 茶の成分は発汗、興奮、利尿作用のあるカフェイン、テオフィリンなどのアルカロイド、下痢止めのチャタンニンを含有する。
 感冒などによる頭痛の漢方薬・川キュウ茶調散に配合され、民間薬としては煎液を火傷やおむつかぶれに湿布し、口内炎や喉の痛みにうがいする。(小根山隆祥)



第38回:平成12年7月   泥中の蓮

 ハスは泥の水底で芽を出して成長し、やがて茎を伸ばして葉を水面に開き、葉が水面に浮く水生植物です。更に花も水上高くに咲かせます。その花の姿を見て、水底の泥から生まれても、水上に汚れのない美しい花を咲かせるので『蓮は濁りに染まらず』といい、周囲の濁った悪い環境にも染まらすに清らかさを保つ。『蓮は花の君子たるものなり』とも讃えられています。ところが上記の蓮の印象とは全く反対の言葉が『蓮っ葉の女』で浮気で軽々しい女のことを言います。
 ハスは仏教発祥の地、インドから奈良時代に中国経由で我が国に渡来し、それ以来食用や薬用に用いられてきました。
 ハスの根である蓮根はイモ類と同じく植物の栄養貯蔵器官なので、でんぷんを多く含有し、古くから食品とされてきました。薬用には根の節の藕節(グウセツ、出血)、葉は荷葉(暑気あたり、喀血、吐血、鼻血など)、花托は蓮房(不正性器出血、流産防止など)、果実は蓮実、種子を蓮肉(共に下痢、不安、食欲不振など)、種子の中の子葉は蓮子心(熱性疾患の意識障害、うわごと、不安など)という各部位がそれぞれの生薬名を持ち( )内の目的で配合されて薬用に使われる。(小根山隆祥)



第39回:平成12年8月   桑原桑原というと雷が落ちぬ

  雷よけのおまじないとして、また一般に恐ろしいことをさける言葉として『桑原桑原』が使われています。
 昔、桑原村の井戸へ雷様が落ちたので、村人がふたをしたところ、二度とこの地には落ちないと誓ったので逃してやった。それからは雷が鳴ると『桑原桑原』というようになった。と江戸時代の本に載っていた話がこの諺の由来です。桑原という地名は大和、和泉、摂津、近江など多くの場所にあり、どの場所がこの桑原なのか、特定は出来ませんが、全て菅原家の所領だったといわれています。菅原道真の霊は雷神となったので、この天神伝説と桑原の由来とは関連があるのでしょうか?
 桑は霊力を持ち、薬効もある尊い樹とみられています。桑の箸や杖は中風を防ぐとされ、また金匱要略に収載されて、刀傷の止血に使われている王不留行散には桑の根の桑根白皮が配合されていますが、3月3日、東南の方向に生長している根を使うことになっています。何らかの霊力と関係があるのでしょうか?また、桑根白皮は肺に熱をもった子供の咳に使われる五虎湯(麻杏甘石湯加桑白皮)に配合されています。
 桑の枝は晩秋から初夏に採取し、葉を取り除いた枝を関節の痛みに、四肢のひきつれに用います。ドドメと云われた桑の果実は多汁で甘酸っぱく、欧米ではジャムやブドウ酒と同じ様に発酵させた桑実酒として、食用にしてますが、中国では桑椹子といい、焼酎につけた桑椹酒は耳や目の機能を強めると云われています。
 蚕が食べて糸を出すのも不思議な現象なので、桑には何らかの霊力があるのではないかと考えられたのでしょう。(小根山隆祥)



第40回:平成12年9月   栗よりうまい十三里

 サツマイモの味が栗に近いので、上方では九里に近い人里半という看板で売られていたが、江戸ではこれを上回る意味で、九里四里(栗より)うまいということで十三里とした。サツマイモはその名の通り薩摩の国など九州地方に先ず伝来した。その後、青木昆陽が大岡越前守を通じて、八代将軍徳川吉宗にサツマイモ栽培を進言してから江戸に普及した。
 イモは芋、藷、薯などの字を使う。芋は丸く大きい意でサトイモ及びイモ一般を指し、藷及び薯は共に集まる。中身が充実するの意で、藷は本来はサトウキビのことだが、甘藷となるとサツマイモのことになる。薯は根が充実して太いイモを指し、薯蕷となるとヤマノイモになり、馬鈴薯となるとジャガイモになる。馬鈴薯は小野蘭山によって誤用されたといわれているが、本来はマメ科のホドイモ、又はヤマノイモ科の植物のことらしい。
イモ類はいずれも外来植物で、サツマイモはアメリカ大陸の原産で、ヒルガオ科の宿根草。ジャガイモはナス科の多年草。サトイモはヒマラヤ、東南アジア、中国の南部などが原産地で、恐らく縄文中期に日本に入り、栽培されている。サトイモ科のイモで、自然薯といわれるヤマノイモに対してサトイモといった。サツマイモ、ジャガイモから薬用のでんぷんをとる。(小根山隆祥)



第41回:平成12年10月   たなぼた(棚牡丹)

 思いがけない好運のめぐってくることをいった諺『棚から牡丹餅』を略した言葉です。お彼岸にお萩を食べましたか。お萩は『萩の餅』の略で『牡丹餅』と形も材料も同じです。 春の彼岸に作るのが牡丹餅で、秋の彼岸に作るのがお萩とも云われてますが、餅米と粳米とをまぜて炊き、すりつぶして小さく丸め、餡(あん)・黄粉(きなこ)・胡麻(ごま)などをつけた餅のことです。煮た小豆を粒のまま散らし、かけたのが萩の花の咲き乱れる様に似るので云うとも、また牡丹の花に似るから牡丹餅だとも云います。
 小豆は中国又は日本の原産とされ、我が国では極めて古くから栽培されています。周知の如く、お萩を始め、羊羹・饅頭・餅菓子・甘納豆などの和菓子や欠かせないものです。広い用途がありますが、小豆をご飯に入れて食用とするときは、一度煮た最初の汁は捨てます。この煮汁の中には吐かす作用のあるサポニンが抽出されているからです。ところがそのサポニンが含有していることを吐剤として使われています。漢方薬では小豆のことを赤小豆(シャクショウズ又はセキショウズ)と云いますが、催吐作用の他、利尿、解毒、排膿の作用があります。むくみや尿量減少に赤小豆湯として使用され、黄疸には麻黄連翹赤小豆湯として、痔出血には当帰と配合し、赤小豆当帰散として使用されます。その他昔の本には4〜5才の小児で物を云わない病気には赤小豆末を酒で和して舌下につけるとよいとか、乳汁不通は赤小豆の煮汁を飲むとよいとか、皮膚化膿症の初期(発赤・腫脹・疼痛)に赤小豆の粉末を水か酢で調整して外用にする。脚気には内服する。など興味のあることが書いています。実験していないので眞効の程は分かりませんが、なんと身近な食品が使い方によっては重要な薬になるものですね。まさにたなぼた。(小根山隆祥)



第42回:平成12年11月   鼻から下は…

 「鼻から下はすぐにあご(顎)」とは゛くちなし゛にかけた語呂合わせ、ことばの遊びです。
クチナシの花は7月頃、白い花を咲かせます。非常によい匂いがあり、夏の暗闇から漂ってくる香りはその存在を教えてくれます。
クチナシには八重と一重の花がありますが、八重では実ができません。一重の花には10〜11月の今頃になると深紅色から紅黄色の実ができます。
 植物名も生薬名も果実の形からきております。ザクロの実を長くしたような形をしておりますが、ザクロの実のように割れないことから、果実に口(孔)がないように見えるので、クチナシ(口無し)とつけられ、古代の酒器(巵)を連想させるので梔子とつけられました。
 果実にはにんじん(人参)やトマトに豊富に含有されているカロチノイド系色素の仲間であるクロシンをもっています。クロシンは婦人薬で有名なサフランの主成分でもありますが、黄色色素なので飛鳥時代からクチナシの実の煎汁は黄色染料として知られ、草木染め・独楽などの木具の染料に使われておりました。また食品としても、暮れのおせち料理のきんとんの着色料としてスーパーなどで売られております。
 生薬の「梔子」には熱をとる作用があり、特に赤ら顔の人のニキビや湿疹、胸がもやもやして熱感を感じ、吐いた方がよいような状態の時に、また黄疸に漢方薬として配合されます。
 その他、湿布薬として打撲、結膜炎などの目の炎症にも使われます。
 「鼻から下」ばかりでなく、からだ全体に薬効があるようです。(小根山隆祥)



第43回:平成12年12月   咲くもべくもおもわで…

 「あるを石蕗花」と続く蕪村の句です。石蕗はツワブキです。咲いているとは思っていないところに黄色い花が咲いていて、師走(12月)の寒い時期に暖かいものが身内を通り過ぎる思いがするという意味の句です。
 ツワブキの名は葉がフキに似て色が濃く強い光沢があるので、艶葉(ツヤバ)ブキといったものがツワブキとなりました。
 石蕗の字を当てるのは別名イシブキからきています。よく庭にみられる植物ですが、本来海岸の岩にへばりつくように自生しているので、この名があります。太平洋側では福島県以南。日本海側では石川県以西の岩場に見かけます。
 晩秋から初冬に掛けて、周りに他の花が少なくなったとき、黄色い花はよく目立ちます。
 ハート形の長さ約15cm、巾約30cmの葉、それに約40cmの長い葉柄。茎頂に大きい黄色い花を上向きに開きます。
 自生の株を直接庭に移植しても育ち、園芸品種も多く、斑入り、葉の縁が波打ったもの、葉面にしわがよるもの、葉の縁に黄色の覆輪が入るものなど、いろいろあります。
 薬用部分は茎、根茎および葉を使います。
 茎、根茎は十月頃に掘りとって、刻んで日干しにします。葉は生のままか、乾燥して使います。乾燥葉にするには夏に成葉を採集し、日干しして保存します。サバ、イワシ、フグやカツオなどの魚の中毒に乾燥した根茎を煎じて服用します。
 打撲やおでき、化膿、湿疹などには生葉の絞り汁をつけたり、葉をきれいなフライパンにのせて火にあぶり、軟らかくして、ちぎって患部に張り付けたりします。痔にも煎じたもので患部を洗います。
 このように民間薬として古くから用いられていますが、漢方薬では使われておりません。(小根山隆祥)