漢方のお話 3



第21回:平成11年1月      七草がゆ

 通称七草粥は1月7日の朝、七種類の穀物で粥を炊き、その中に七種の草を入れて作ったものです。七種の草はいわゆる春の七草で、七つ道具で刻み、はやし言葉を七回唱える風習で、室町時代から行われてきました。
 春の七草とは『セリ、ナズナ、ゴギョウ(ハハコグサ)、ハコベラ(ハコベ)、ホトケノザ(タビラコ)、スズナ(カブ)、スズシロ(ダイコン)、春の七草』と5、7、5、7、7の短歌のスタイルで語呂合わせで覚えることができます。
 植物学的にはセリ科ーセリ、アブラナ科ーナズナ、カブ、ダイコン、ナデシコ科ーハコベ、キク科ーハハコグサ、タビラコと4科に分類することができますが、共に野や畠に春になって萌えでる若草です。
 寒い冬の時期にはとかく青い野菜類が少なく、ビタミン不足に対して七草で補給し、万病、邪気を除くとする昔の人の知恵を残した年中行事でしょうか。
 今、都会の家の廻りでこれらの野草をみることはむずかしくなっており、また自分で七草を集めようとしてもこれらの植物の顔を知っている人も少ないようです。(小根山隆祥)



第22回:平成11年2月    痒みの漢方治療

 空気が乾燥する冬は、皮膚も乾燥し痒みを感じる人が多くなります。

温度が下がると皮膚の汗腺、皮脂腺ともに分泌が減り、皮膚が乾燥します。
 特に高齢者の方は皮膚が乾燥しやすいため痒みを感じやすくなります。
 特に湿疹もなく、発赤もなく、皮膚が乾燥し、ただただ痒みがある、こういう場合はいわゆる皮膚掻痒症です。こういった痒みは全身に出ますが、特に下腿に出ることが多いようです。このような症状が出た場合は、まず、加湿器などで空気の乾燥を防ぎ、スキンケアとしてスキンクリーム、オイル等で皮膚の乾燥を防ぐことが大事です。
高齢者の掻痒症では当帰飲子(トウキインシ)という処方を用いることがよくあります。この処方を用いる場合は、皮膚にあまり所見が無く(発赤、湿疹などが無く)皮膚が枯燥していることが特徴です。高齢者でなくとも皮膚の痒み、枯燥を目標に用いることもありますが、処方の中に地黄(ジオウ)という生薬が含まれているため、胃腸の極端に弱い人は用いない方が良いでしょう。地黄は滋養強壮、滋潤の効果のある重要な生薬ですが、胃腸の弱い人が服用すると、食欲が無くなったり、下痢をしたりという胃腸障害を起こすことがあるので、注意が必要です。(山田享弘)



第23回:平成11年3月     ひな祭り

 3月3日はひな祭り。雛人形を飾り、桃の花を生け、白酒や菱餅、あられなどを供え、女の子の生長をお祝いする日で丁度桃の花の咲く頃だからでしょうか桃の節句ともいわれます。
桃は中国では明るく美しい女性を象徴し、不老不死の仙果と避邪の信仰を伝えております。
 漢字の桃(トウ)について、本草綱目ではモモは植えやすく、子が繁るので十億(兆)。つまり木扁に兆を従えたと書いています。又、日本語のモモについては百百の意味で、沢山の実がなるから名付けられたとの説があります。
 いずれにしても、同じ様な語源です。沢山子供が出来る様にとの願いからモモの節句になったのでしょう。
 モモは捨てるところは有りません。白い半開きの花を中国では白桃花と名付け、古来緩下剤としました。
 果肉は季節の果物として、葉はお風呂に入れ汗疹の治療に役立てております。特にモモの種(堅い種の中の仁といわれるもの)は桃仁といって、血液の循環を良くし、生理不順を治す作用があるので、婦人病の漢方薬に配合されます。
 女性と大いに関係があり、面白いことだと思います。(小根山隆祥)



第24回:平成11年4月   自律神経失調症 2

 自律神経失調症とは自律神経機能の異常により、交感神経、副交感神経のバランスがくずれ、眩暈、頭痛、全身倦怠感等の種々の症状を呈するものを指しますが、一般的には種々の身体的不定愁訴を指して言う場合が多いようです。その原因は個体側の素因、つまり、その人の体質と、気候、環境、心理的社会的ストレス等の外因によるものであります。
 漢方の治療は、現代医学的疾患名によって薬を決めるのでなく、患者さん個々の症状、体質等を漢方的に診断し薬を決めるので、現代医学的には不定愁訴としてかたずけられてしまうものでも、漢方ではその患者さんにあった治療が必ず得られます。こういったことから、いわゆる自律神経失調症には漢方治療がとても有効な場合が多いわけです。

 自律神経失調症に頻用される漢方処方
1.苓桂朮甘湯:めまい、身体動揺感、起立性調節障害などによく用いられる。
2.加味逍遥散:更年期ののぼせ、ほてり、頭痛、イライラ、不眠などによく用いられる。
3.半夏白朮天麻湯:頭重感、めまい等があり、胃腸が弱い人によく用いられる。
4.柴胡加竜骨牡蛎湯:動悸、のぼせ、不眠、イライラなどによく用いられる。
 その他にも多くの処方が自律神経失調症の場合の治療に用いられますが、いずれも腹診、脈診、問診等の漢方の診察によって処方を決定します。(山田享弘)



第25回:平成11年5月    立てば芍薬

 今の時季、公園や植物園、またお庭をお持ちのご家庭では牡丹の花が眞盛り、引き続いて芍薬の花が咲きそろうことでしょう。
“立てば芍薬。座れば牡丹。歩く姿は百合の花”と女性の美しさを花に例えた諺です。
 牡丹と芍薬どちらも美しく、あでやかな花です。その美しさは甲乙つけがたく、花も非常に似ています。
 唐の玄宗(685〜762)の頃の中国では草の薬用植物シャクヤクが早くから親しまれ、ボタンははじめ木のシャクヤク(木芍薬)と呼ばれていました。
 現在ではボタンは花王と形容されています。奈良時代の地名の由来、地勢、産物などを記載した出雲風土記(733年頃)に“ふかみぐさ”の名で初めて登場してきます。
ボタンの花の盛花期は20日間ぐらいなので“はつかぐさ”の名もあります。これは唐の白楽天の詩に由来しています。
 この諺に出てくる芍薬、牡丹、百合の地下部(根及び根茎)が漢方では婦人の病気に使われているのも面白いことです。シャクヤクの根は芍薬、ボタンの根の皮を牡丹皮といいます。
 芍薬は筋肉の痛みや緊張を緩め、血行不良を改善するので、下腹部痛やこむらがえしに応用される薬方に配合されます。
牡丹皮はうっ血を改善し、止血、鎮痛の作用があります。芍薬と一緒に、婦人薬、桂枝茯苓丸を構成しています。
 また、ユリの根茎(鱗茎)は百合といい、神がかり、狐付きのような症状となる一種の精神病に配合薬として使われます。
婦人薬、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸などをこの薬が適しているご婦人が長く飲んでいると肌の艶が良くなり、荒れていた皮膚も改善、しみも取れ、色白の美人になることも可能だそうです。                (小根山隆祥)



第26回:平成11年6月   桂枝湯とその仲間

 桂枝湯は漢方の最も基本的な処方で、感冒の初期に用いられます。
 桂枝湯の用いられる感冒は、軽い寒気と発熱、頭痛等があり、自然に汗がにじみ出ているような場合です。
 桂枝湯は、桂枝(ケイシ)芍薬(シャクヤク)甘草(カンゾウ)大棗(タイソウ)生姜(ショウキョウ)の5種類の生薬の組み合わせからなります。
 桂枝湯に他の生薬を加えることによって、その適応が大きく変わります。以下その例を挙げます。

(1)桂枝加芍薬湯:桂枝湯の芍薬を増量したもの
   腹満があって腹痛するものに用いる。

(2)桂枝加葛根湯:桂枝湯に葛根(カッコン)を加えたもの
   桂枝湯を用いる場合で、首筋から背中に凝りがある場合に用いる。

(3)桂枝加黄耆湯:桂枝湯に黄蓍(オウギ)を加えたもの
   皮膚に弾力が乏しく、盗汗、しびれ感などがある場合に用いる。アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患にも応用される。

(4)桂枝加竜骨牡蛎湯:桂枝湯に竜骨(リュウコツ)牡蛎(ボレイ)を加えたもの
   虚弱な人で興奮しやすく、疲れやすいも場合に用いる。
 その他にもいろいろな処方がありますが、いずれも体質的に弱い人、漢方でいうところの虚証の人に適応する処方です。生薬1味を加えることによりその適応が変わることによって、その生薬の性質がよくわかり興味深いものがあります。(山田享弘)



第27回:平成11年7月   いずれ、菖蒲か杜若


 いずれ、あやめかかきつばた。この場合、菖蒲はアヤメと読ませていますが、アヤメもカキツバタもどちらも美しく、秀でていて、選びにくい意味です。この諺は美人を比べて、甲乙つけ難い時に使われます。アヤメもカキツバタも共にアヤメ科の植物で、これにハナショウブ、イチハツが加わりますと全てが似たもの同志で、なかなか区別しにくいものです。
 アヤメとカキツバタの区別点は先ずその生育地で区別できます。アヤメは乾燥地を好み、カキツバタは浅い池や湿地に咲く水生植物です。アヤメという名は花びらの根もとに黄と紫の網状の模様が紋(アヤ)になっているからで、カキツバタの方にはアヤがありません。花の茎はアヤメは内部が充実しているのに、カキツバタは中空です。
 風呂に入れて菖蒲湯にする菖蒲はサトイモ科のショウブで、他にも薬用によく使われますが、アヤメ科のハナショウブが薬に使われている例を未だ文献では見たことがありません。
 いずれ、アヤメもカキツバタも。(小根山隆祥)


第28回:平成11年8月    小柴胡湯(ショウサイコトウ)とその仲間


 小柴胡湯は、風邪、インフルエンザなどが少し長引いて、胃腸症状が出てきた頃によく用いられる薬方です。小柴胡湯を用いる目標は胸脇苦満(キョウキョウクマン)と呼ばれる、主に右側の季肋部(一番下の肋骨の下側)の筋肉に抵抗と圧痛が出る腹証と、舌に白い舌苔が出るというようなことです。この胸脇苦満を目標にして慢性肝炎や気管支炎などにもよく用いられます。しかし、慢性肝炎などの慢性疾患では患者さんの虚実(体格、体力などの体質が弱いか強いか)によって用いられる薬方が異なります。胸脇苦満は小柴胡湯だけでなく、柴胡を含む薬方の使用目標ですので、同じ慢性肝炎で胸脇苦満が認められても、その患者さんの虚実によって薬方も変わることになります。実証向けの柴胡剤から虚証向けの柴胡剤までいろいろな種類の柴胡剤があります。これを柴胡剤の虚実というような言い方をします。代表的な柴胡剤を下にあげてみます。

@大柴胡湯(ダイサイコトウ):最も実証向けの柴胡剤。

A柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ):実証向けの柴胡剤、動悸、不眠など精神神経疾患的な症状に欲用いられる。

B四逆散(シギャクサン):虚実間証(中位、普通の体質)〜やや実証向けの柴胡剤。胃炎、神経症などに幅広く用いられる。

C小柴胡湯(ショウサイコトウ):柴胡剤の中心的な処方。虚実間証に用いられる。

D柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ):やや虚証向けの柴胡剤、十二指腸潰瘍などによく用いられる。

E柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ):虚証向けの柴胡剤。腹部の動悸、寝汗などが目標になる。
このように同じ病気に対しても漢方はその人の体質にあったいろいろな薬を用いて治療します。慢性肝炎だからといって誰にでも小柴胡湯を使ったりしますと、思わぬ副作用が出ることもあるので注意が必要です。(山田享弘)


第29回:平成11年9月    山の芋からウナギに化ける


 人の位が一変して出世するとか、物が思わぬ変化をして見せるとかの譬えを云った諺です。山の芋もウナギもどちらも長くぬるぬるしていて、共に強精薬、強壮薬になると思われるので、それに関連している諺のようにも受けとれます。
 山の芋がウナギに変化する。この植物変異の話は平安時代からいわれていて、江戸時代の随筆にはよく引き合いに出されます。江戸時代の図解百科事典であるである『和漢三才図会』には『ヤマノイモは時々風、水に感じてウナギに変わる半ば変わりかけたものを見かけた人もある。』と真面目に記載されています。
 ウナギの出生には近代まで知られていなかったので、神秘な魚とされていましたから神に祭(祀)ったり、神の使いとするところも多い。
 変身という現象は洋の東西を通じて不思議な現象と信じられ、またあこがれでもあったようです。
 ヤマノイモはヤマノイモ科の山野に自生するつる性植物で、野生している芋を自然薯(ジネンジョ)といいます。その根の肥大部を食品とし、薬にも使用します。薬に使用する時、山薬といいます。
 食品として八百屋で売っているものと同じものが薬としても使われるという数少ない例の一つです。(小根山隆祥)


第30回:平成11年10月    人参湯(ニンジントウ)とその仲間


 人参湯は、一般に朝鮮人参と呼ばれている御種人参(オタネニンジン)を主剤とした薬方です。処方の中身を見てみますと、人参、甘草、乾姜(カンキョウ)、朮(ジュツ)という4つの生薬の組み合わせで出来ています。人参は胃腸の機能を高め、甘草と乾姜の組み合わせは身体の中を温め、朮は水をさばくという働きがあり、この4つの生薬の組み合わせで、胃腸が冷えて機能が衰えている状態を治すとい効果があります。 ですから、人参湯は、冷え性で、特に胃腸が冷えやすく、そのために下痢や軟便があり、薄い尿が多く出る、また、薄い唾液が口の中に多く出るといった症状がある場合に使います。このような症状のある胃腸炎、胃下垂の人は人参湯を飲んでいますと病気の改善のみならず、体が温まり、風邪もひきにくくなり、非常に快適な生活が送れるようになります。
 人参を主剤とした薬方には、人参湯以外にも六君子湯、四君子湯、茯苓飲などたくさんの種類がありますが、いずれも胃腸の働きが落ちたために起こるいろいろな症状を改善させる薬です。

☆六君子湯(リックンシトウ):食欲不振があり、心下部のつかえ感や膨満感、悪心などの症状があり、胃に水がたまっているような時に用いる。

☆四君子湯(シクンシトウ):六君子湯と同様、胃腸の機能が衰え、食欲不振、元気の衰えがある人で、六君子湯を用いる場合よりもさらに虚弱な人に用いる。

☆茯苓飲(ブクリョウイン):胃にガスや水がたまって、膨満感があり、げっぷがでると気持ちがよいような人に用いる。
(山田享弘)


第31回:平成11年11月    みかんが黄色くなると


 『みかんが黄色くなると医者が青くなる。』秋も深く、みかんが色づく頃には気候も良く、病人も少なくなるので、医者の実入りが減って医者の顔色が冴えなくなるのだと皮肉に表現した諺です。
この類の諺は他にも『柚子が色づくと医者が青くなる。』、『柿の赤く熟する頃は医者が青くなる。』など幾例もあります。
 赤と青の対比の面白さを強調したものでしょうが、みかんは健康食品として、また漢方薬としての効用も背景にあったに違いありません。
 みかんはビタミンCやAの特に多い果物として知られています。例えば児童が一日に必要なビタミンCの量は60gのみかん二個で足りるが、リンゴなら150gのもの二個半を食べなければならないといわれています。
民間薬でも、風邪にはみかんの皮を煎じて飲み、しもやけにはみかんの皮を湯に入れて患部をこするなどの効用が日本各地で伝わっております。
 漢方ではみかんの皮を陳皮といい、消化不良による腹満感、健胃、嘔気を止める、痰が多くて胸苦しい時などに用いられます。食品として、七味唐辛子の中に入っていることはご存知の方が多いことでしょう。今年みかんを食べたら、皮をとって乾燥して陳皮を作り入浴剤としてお湯に入れてみませんか。
(小根山隆祥)



第32回:平成11年12月   補剤(ほざい)の話


 漢方診療を受けに来る患者さんには、体が弱くすぐに風邪をひいてしまうとか、胃腸が弱く少しでも消化の悪い物や冷たい物を食べると下痢をしたり、お腹が痛んだりするという方がたくさんいます。 また、平素は丈夫でも忙しい仕事が続き慢性的な疲労状態になってしまった方もいます。このような時に使われる薬が補剤と呼ばれ、身体を温めて、胃腸の機能を整え、体力の回復をうながし、身体の抵抗力をつけていくものです。
 よく用いられる補剤には、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などがあります。これらの薬は参蓍剤(じんぎざい)と呼ばれ、人参と黄蓍(おうぎ)が配合されています。
 補中益気湯とは、中を補い気を益す薬という意味で、お腹つまり、消化吸収機能を補い、気力を益す薬です。この薬は慢性疲労、慢性胃炎、慢性肝炎、風邪が長引いた時の後養生など非常に幅広く用います。また、体力のない人の痔疾、脱肛などにもよく用いられます。 十全大補湯は十種類の生薬から成り、大いに補う薬という意味です。この薬は大病の後の体力回復、過労などに主に用いられますが、膠原病をはじめとした種々の難病にも用いられますし、抗癌剤などの化学療法の副作用軽減を目的として用いることもあります。私はアトピー性皮膚炎に十全大補湯を用いてしばしば効果をあげています。(山田享弘)