漢方のお話 1



第1回:平成9年5月   漢方の診察法

「では診察をしますから、お腹を出して診察台に寝てください。」と言いますと、患者さんはもじもじして、「私、皮膚病ですが、お腹は悪くないんです。」と言われることがあります。「でも、漢方は、薬を内服していただきますので、お腹をみないと薬を決められないんですよ。」と、私は苦し紛れに申します。これは本当は半分うそでして、実はどんな病気でも、どうして治したらよいか、どんな薬を使ってもらいたいかというサインがお腹に現れているのを探るのです。これが漢方の腹診という大事な診察方です。それは、お腹の中にある病気だけではなく、鼻、耳、皮膚の病気でも同じです。ですから、漢方の医療を受ける時は、お腹の出やすい服装でおいでください。
 また、手首の動脈を押さえて脈を診ますが、そうすると「脈が速いですか」とか「幾つありますか」と尋ねる患者さんがあります。「そうですね、早くも遅くもありませんが、沈んだ細い脈ですね。」と答えると、患者さんは目をぱちくりさせています。何のことかわからないからでしょう。ですが、医師の方では、この脈で、その人が虚弱で、冷え性の体質であることが分かります。「風邪をひいたらしい」と言って来た患者さんも、脈を診れば風邪をひいたばかりなのか、数日経っているのかが分かり、その違いによって治療方針、即ち使う漢方薬を区別できるのです。漢方の脈診は、脈拍の数を数えているだけでなく、その人の体質や病気の性情を推し量るデータなのです。(山田光胤)

 

第2回:平成9年6月   良い食事の取り方

良い食事の組み合わせ
 「一に養生、二に薬」という言葉がありますが、多くの人々はそれを守らず、病気になったら薬にたよって治そうとします。
私達の健康は日常の食事に大きく左右されます。極端にいえばすべての病気は食事のあやまりから起こってくるといってもいい過ぎではないでしょう。
食べ物はいろいろな栄養素がうまくそろって調和し、始めて人間の健康に生きてゆくのです。
肉食、砂糖、白米、タケノコが酸性食の代表。これらのみ食べていると血液が酸性になり、いろいろな病気の原因になると聞いております。ひじき、ワカメなどはアルカリ性食品です。酸性食品の肉にアルカリ性食品のキャベツ、肉を食べたら生野菜を沢山とりご飯を食べずにパンを少々、米を食べるなら肉を余りとらないで植物性の蛋白質、豆、とうふ、みそ、ゆばなどの組み合わせがよいのです。魚料理と野菜の煮たものなどの日本料理は理想的な食品といわれています。デザ−トは食後にでます。食前にアイスクリ−ムやコ−ヒ−、ケ−キなどを食べては食事は消化しません。世の中には栄養不良でいるよりも食べ過ぎて体をこわしている人の方がずっと多いのです。寝る前に腹がふくれると安眠できません。腹八分目がよいと昔からいわれてます。腹八分目は体も軽く、頭の回転もよいのです。腹八分目を保つにはよく噛むことです。
 食事の他に正しい運動と明るい積極的な態度、いつも感謝の気持ちを持つなども健康を保つ秘訣でしょう。(小根山隆祥)



第3回:平成9年月7月   あせも

 じめじめと暑い日本の夏の正しい過ごし方といえば、ビールと枝豆でしょうか。しかし、ビールも枝豆も痛風のある方にとっては、ちょっとつらいものがあります。この場合、冷たい焼酎と冷や奴できまりです。肝臓が悪い方は麦茶でがまんしてください。なお、冷え性で胃腸が弱い方(漢方でいう、陰証で、虚証の人)は、夏でも熱燗の方がよいでしょう。
 さて、今月は、夏に付き物の?あせもについてです。漢方であせもの治療をする場合には、その患者さんを診察して、その患者さんにあった薬を使うわけですが、私の場合、桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)などという処方を使うことが多いようです。
 また、昔からあせもに対する民間療法がいくつか知られております。一般の方がすぐに手に入るものから、生薬を扱っている薬局で買わなければならないものまでありますが、私のお薦めとしては、桃の葉などがよく効くようです。ただし、これは生の桃の葉が効果的なようです。
 以後いくつかの民間療法をあげておきます。

 1.キュウリの切り口でこする。
 2.桃の葉、または升麻(サラシナショウマの根茎)の煎じ汁で洗う。
 3.風呂に桃の葉を入れて入浴する。この場合、桃の葉は少量の塩でよく揉んで汁が出た状態で入れるとよい。
 4.天花粉(キカラスウリの根)、葛根、甘草の三味を粉にして、布で包んでふりつける。
 5.苦参(クララの根)50gをガーゼの袋に入れ、水600mlに入れて約30分煮沸し、その汁で汗疹の部位を湿布または、拭く。
(山田享弘)


第4回:平成9年月8月  うなぎと食べ合わせ


 夏の土用の丑の日にはうなぎ屋の宣伝か「夏負けにうなぎ」と言い伝えられています。また、うなぎと梅干しは合わせて食べてはいけないとも言い伝えられています。
 ある食べ物を2種類以上同時に食べると体に異常を起こすことを食べ合わせが悪いと言って、その組み合わせをさける傾向がありました。うなぎと梅干し以外の食べ合わせはハッカとジャガイモ、うどんとスイカ、きゅうりと油揚げ、キノコとほうれん草、カニと柿、天ぷらと氷など。この中には迷信といわれるものもあります。キノコとほうれん草などは近頃一緒によく料理されます。
 中には下痢や嘔吐を起こすものもあります。カニと柿などはカニは高蛋白の食品、柿はタンニンを多く含有し、蛋白がタンニンと結合して凝固し消化不良を起こすとも考えられます。また、天ぷらと氷は氷で冷えた体に油っぽいものがよくないということではないでしょうか。
 しかし、これらの組み合わせのほとんどが科学的根拠はなく、おそらく昔の人がそれを食べた時体調が悪かったり、食品の鮮度が落ちていて腹痛や嘔吐を起こしたのではないでしょうか。
昔の人達が食べ過ぎや偏食を戒めることばだとも考えられています。今の人の胃はうなぎと梅干しの組み合わせではビクともしないようです。
 最後にまとめますと以下のようになります。
 1)バランスのよい食事を
 2)腹八分目に
 3)健康な精神で

(小根山隆祥)


第5回:平成9年9月   夏ばて


 今年の夏は冷夏という予報は見事なほどにはずれ、東京ではまだ梅雨のさなかの7月の初めに猛烈な暑さが襲い、その後も、お盆の時期をのぞいてはとても暑い夏でした。
 このホームページをご覧になっているみなさまの夏はいかがでしたでしょうか。
 暑い夏の間に、冷たい飲み物ばかりとっておりますと、胃腸が冷え消化吸収の機能が低下して、気力体力が無くなり、体がだるくてしょうがない、下痢が続いて食欲がない、なにもやる気が起こらない、といったいわゆる夏ばての状態になってしまう人がいます。平素胃腸の弱い人、漢方でいうところの虚証の人に多くみられます。
 私などは、昔から夏になると体重が増える(いつでも増え続けている)たちでして、ビールばかり飲んでいても一向に食欲が落ちないのですが、今月は夏ばてに効く漢方薬をご紹介しましょう。

その1:五苓散(ゴレイサン)
 この薬は、桂枝(ケイシ)、沢瀉(タクシャ)、猪苓(チョレイ)、茯苓(ブクリョウ)、朮(ジュツ)の5種類の生薬を組み合わせた処方で、暑さで汗をかきすぎたときなどにいくら水を飲んでものどの渇きが治らず、尿量も減って、頭痛、めまい、吐き気、下痢などがあるときに飲むと、非常によく効きます。暑い中でゴルフなどのスポーツをする前とか、お子さんを海水浴などに連れていく前などに飲ませておきますと、予防的にも使えます。また、この薬は乗り物酔いにも効果がありまして、車酔いをしやすい方は、車に乗る30分くらい前に飲んでおくとよいでしょう。

その2:清暑益気湯(セイショエッキトウ)
 この薬は、人参(ニンジン)、白朮(ビャクジュツ)、麦門冬(バクモンドウ)、当帰(トウキ)、黄耆(オウギ)、五味子(ゴミシ)、陳皮(チンピ)、甘草(カンゾウ)、黄柏(オウバク)の9種類の生薬を組み合わせた処方で、俗に言う暑気あたりの薬です。 盛夏から残暑の頃にかけて体がだるく、軟便で食欲が落ち、足腰の力が抜けて、気力もなくなり、次第に痩せてくるいわゆる夏痩せの状態に用います。
 平素から体の弱い人は、暑くなったらこの薬を飲み始めると、夏負けの予防になります。また、暑い中を出かけるときなどは、直前にでも飲んでおくと疲れにくくなります。 

 これからは美味しいものが沢山出まわる食欲の秋です。サンマなどをつつきながら、熱燗でいっぱいなどいいですね。早く夏ばてを解消して美味しいものを沢山食べましょう。

(山田享弘)


第6回:平成9年10月   なすと諺


暑さが続くとどうしても食欲がおちます。そんな夏の食卓に欠かせないのが漬け物。それも紫紺色のナスはもっとも夏らしいものといえます。
ナスは漬け物の他、みそ汁、天ぷら、しぎ焼き、スパゲティなど焼いても、煮ても、揚げても、ナマでもどんな料理方法でも使えます。
ナスの仲間ナス科の植物の中にはトマト、ホオズキ、ジャガイモ、ピ−マン、トウガラシ、タバコなどの食品の他チョウセンアサガオやハシリドコロなどの毒草も有ります。
 ナスの原産地はインド。今では熱帯や温帯で栽培されています。温帯では一年草、熱帯では多年草の植物に変化します。
 俗に「親の意見とナスビの花は百に一つも無駄がない」といいます。咲いた花は全部実になるからで正月の初夢に「一富士二鷹三なすび」というのも、ナスは成すに通じて成功するという意味でめでたいこととされてています。ナスは花や根、蔕に至るまですべて薬になりますので、応用する面でも無駄のない植物ということになります。
 もう一つナスに関係している有名な諺で「秋茄子は嫁に食わすな」というのがあります。江戸初期の俳諧手引き書「毛吹草」にのっているのですから、古くからの諺なのでしょう。ナスはことに秋になるとおいしさを増すので「嫁には食べさせない」という姑の嫁いびりだという説もありますが、秋のナスはあくが強いので「若い嫁や妊婦には良くない食べものだ」と嫁のからだを案じるという好意の説です。
中国の明代の薬の本である本草書「本草綱目」にもナスを食べると腹痛や下痢が起こり易く、婦人は子宮を痛めると記されております。
江戸の川柳に「秋なすび 姑の留守に ばかり食い」。
(小根山 隆祥)



第7回:平成9年11月   風邪の漢方治療


 気温も下がり、空気も乾燥してくると風邪をひく人が増えてきます。風邪というととても単純な病気のように思っている人が多いですが、同じ風邪でも人によって症状も経過も千差万別で、個々の病人に対してそれぞれ適した治療を行う漢方の、最も力を発揮できる病気の1つでもあります。また、現代医学ではいまもって適切な風邪の治療法というものはありません。日本漢方の原典であります「傷寒論」という書物は後漢の時代に編纂されたとされておりますが、この書物は急性熱性疾患の治療法を病気の経過をおって述べたものであります。「傷寒論」に述べてある治療法は、現在の風邪にも非常に良く当てはまり、漢方での風邪の治療とは、ほとんどが「傷寒論」に沿ったものであります。有名な漢方薬に「葛根湯」という薬がありますが、この薬も「傷寒論」に記載されている薬です。
 以下風邪の初期に用いる薬をいくつか紹介しますが、本当に適切な治療を行うためには漢方の診察ができる医師の診療を受けることが良いのはいうまでもありません。

 風邪の初期に用いる漢方薬

(1)葛根湯:悪寒、発熱があり、首のうしろの凝りがあり、汗が出にくい時に用いる。ただし、この薬には麻黄という生薬が配合されており、麻黄という生薬が配合されている薬は一般に、胃腸が極端に弱い人が飲むと、食欲不振、吐き気など胃腸障害を起こすことがあり、また、狭心症など、虚血性心疾患がある場合は、狭心症を誘発する可能性があるので用いない方がよい。前立腺肥大がある場合には、尿閉、排尿困難などを起こすことがある。

(2)麻黄湯:葛根湯を用いる場合よりも症状が強く、強い悪寒、発熱があり、関節痛、腰痛などがある場合に用いる。

(3)桂枝湯:葛根湯などを飲むと胃腸障害を起こすような、平素虚弱な人で、軽い悪寒発熱があり、自然に汗が出るような場合に用いる。

(4)香蘇散:平素虚弱な人や高齢者の風邪の初期によく用いる薬で、非常に軽く飲みやすい薬だが、風邪を引いたかなというくらいの時にすぐに飲むと非常に気持ちよく効く薬である。

(5)麻黄細辛附子湯:風邪の引き初めから、ぞくぞくと寒気ばかりして、体温計で体温を測れば熱があるが、自覚的には熱感を感じないような時に用いる薬である。
(山田享弘)



第8回:平成9年12月    冬至とゆず


12月23日頃は冬至です。この日は太陽が最も南に位置し、一年で最も昼間の短い日で、日暮れの早い日です。どの民族も太陽の生命力の復活と五穀豊穣、植物の成長を祈る祭りをこの日に行ってきました。
 我が国では冬至にカボチャを食べ、柚子湯に入るという古来からの風習があります。太陽の力が最も衰える冬至に太陽の蘇りを祈る。その湯に気分をリフレッシュする意味で柚子を入れたものと思います。柚子湯にはユズの実を切って湯の中に浮かべたり、布袋(ぬのぶくろ)の中に入れて湯の中につけたりします。
 ユズは中国の揚子江上流が原産地といわれているミカン科の常緑樹で、朝鮮半島を経て日本にやってきたといわれ、果実の香りと酸味が日本料理にあっているのでしょう。良く使われます。
 風呂吹き大根の上にかけた柚味噌(ゆずみそ)、京菓子の柚餅(ゆずもち)、能登や越後の柚餅子(ゆべし)。また吸い物や漬け物に加えることにより新鮮な香りを与えます。
 柚は木へんに由からなる字で、由はしぼり出すという意で、柚は果汁をしぼり出すことの出来る果実を持っている木のことです。その果実が柚子で、日本語のユズは漢字の音から来たものです。
果実にはクエン酸、リンゴ酸、酒石酸などの有機酸と精油、苦味質を含有します。柚子には顕著な抗炎症作用があり、消化を助け、酒毒を解き、腸や胃のガスを去るほか利尿の効もあります。
 冬至のユズ湯に入るとひびやあかぎれを治療し、カゼを予防するといい伝えられていますので、ゆっくり暖まりましょう。(小根山隆