癌について

2011.6.1

 松田邦夫先生に癌について伺いました。

 癌は今や3人に1人は罹るだろうとされており、タバコや食塩、環境汚染、食品添加物など様々なリスク要因が考えられますが、一番の原因は平均寿命が延びたためと考えられています。死因でも昭和60年を境に悪性新生物(癌)が、脳血管疾患を抜いて第1位となっています。このような背景から、ある意味誰でもが身近に感じられる癌について、ベテランの松田邦夫先生に治療と考え方について伺ってみました。

 

昔の本には、動く「しこり」は良性で腑の病、動かない「しこり」は悪性で臓の病と書いてあります。つまり、動くというのはガスだとか便の塊、動かないのが今でいう悪性腫瘍(癌)が含まれると思います。そういうわけか「動くものは治し易し、動かぬものは治し難し」と記載されています。ただそれ以上の記載、つまり治療に関しては何も書いていないのがほとんどです。というのも昔は治して初めて治療費がもらえました。だから、治る治らないを判断することは医者にとって大切なことでした。「しこり」というのは腹診して手に触るものです。だから癌としては相当進んでしまっている状態ですね。今のように分析もされていない、亡くなったあとの解剖どころか血液検査だってない時代です。外から触るだけですからね。ですから、治らないものは治さない。治療に結びつかなかったんです。ただ、食欲を出させるだとか疲れをとるだとかということはやっていました。今でいうQOL(Quality of Life)の向上です。それが、現在の漢方治療に生かされていますね。


 今まで話しましたように癌というのは漢方の概念ではないです。現代医学のものですからそれで治療するのが第一原則です。まず血液の検査などで「予測」するということが大切になってきます。症状がひどくならないうちに、自覚症状より先行して発見する。それくらいでないと癌は治りにくいですよね。治療成績があがりづらいです。よって治療は現代医学によるべきだと思います。現代医学の治療の過程で、例えば手術をすれば体は弱るし、放射線をやれば貧血だの何だのと副作用が出てきます。それに多くの患者さんは食欲が無くなって、体がだるくて、元気が無い。
QOLが低下するんですね。癌治療での漢方の役割はここにあると思います。それは江戸時代から漢方が普通にやってきたことでもあります。患者さんの自覚症状を改善するということです。そこから一歩踏み込んで、今では免疫力を高めることにもなります。このことは科学的にも有効性がはっきりしてきています。そういう時に使う処方としては補剤だとか腎気剤です。(十全大補湯、補中益気湯など)




印象的な症例はありますか?

他の先生の症例ですけども、消化器系の癌で手術はしたけどその後で、再発の不安におびえている。不安が強いということで気持ちを安らげる力が強く、さらに食欲だとかそういうことも考えて「人参養栄湯」を処方したら非常に元気になった。それで再発もしないで社会に復帰したという人を知っています。


やはり、手術をやった衰弱から回復しないだとか、不安感が強いっていう状態はあまり好ましくないですね。気力・体力が増えることによって手術で取りきれなかったわずかに残ったかもしれない癌をたたく力になるんです。だから、ただ免疫力がどうだとかではなく患者さんの状態に合わせて漢方薬を選ぶことが大切です。


自分の患者さんはですね、もう手術ができませんだとか、余命何ヶ月ですだとか、手遅れの癌というか、藁(わら)にもすがるといった人が多いんです。そういう患者さんは免疫を高めるのは勿論ですけども、状態をよく見て処方します。例えば、六君子湯なんかは(胃のお薬ですが)気分をほがらかにする作用が強いです。胃を全摘した人なんかは、食欲も気力も体重も落ちてしまっていて、予後が望ましくないケースがすごく多いんです。それが六君子湯で食欲なんかも戻って余命1年なのが2〜3年に伸びたりします。色々葛藤しながら少しでも長く、そして健康状態を取り戻すということを目標にやっています。それでね、結果として家族は感謝してくれたりして。そうすると、一番最初に「あぁ、ダメだ。」って突き放さなくてよかったと思うんです。「治す」ということからいうと難しいことですけどね…。体じゃなくて心の方も。何か少し明るくなる人がいます。やっぱり漢方治療とは心身共に働く、というのがしばしば見られます。


でも、これからは漢方を上手に使って「癌はもうダメだ!」っていうんじゃなくて、力になれるように考えていかなくてはいけませんね。そう、でも漢方の一番の使いどころは「癌になる前」だと思います。例えば、肝癌です。慢性肝炎から肝硬変になって肝癌になる。これはもう一方通行だというのが今までの常識でした。繊維化した細胞が、元気な細胞を取り囲んで窒息させちゃうんです。その窒息した細胞がどんどんまた繊維化していく。それが今回の学会で(第57回東洋医学会総会)、その一方通行を逆に戻す方向に漢方薬が働くのではないか。という発表がありました。繊維化細胞を死なせてしまうというんですね。肝細胞というのは再生する細胞ですから、少しでも元気な細胞が残っていれば元の状態にまでは戻らなくても少なくとも進行を止めることはできるはずです。肝硬変の進行を止めるんですね。このように科学的に何故効くのかが分かってきました。そしてこの研究は外国でも認められた研究でもあります。このように最近になって科学的にも分かってきたことがありますから、もっと漢方薬を上手に使えるような時代がくると思いますね。

松田先生、今までの経験に溢れ、それでいて私達に夢と希望を与えてくださる大変貴重なお話しありがとうございました。これからも、豊富な経験を生かしていただき、益々のご活躍期待しております。

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