「漢方精撰百八方」 11



p204
101.〔四君子湯〕(しくんしとう)
〔出典〕和剤局方
〔処方〕人参、朮、茯苓 各4.0 甘草、生姜 各2.0 大棗3.0
〔目標〕胃腸の消化機能がひどく衰え、その結果いろいろな症状を呈するものである。
 食欲がなく、少しものを食べるとすぐ胃が張って苦しくなり、顔色が蒼く、痩せて体重が少しも増えず、手足がだるく、疲れ易く、精気に乏しく、言語に力がない。
 また、ときには悪心、嘔吐、下痢、腹鳴などがあり、脈は小さく、あるいは細くて弱いか、大きくて力がない。腹部は、軟弱無力で心下部に振水音をみとめるか、あるいは、腹筋が少なく、腹壁が薄くて力がない。
〔かんどころ〕痩せて顔色が悪く、胃腸の消化機能が衰えているもの。腹部の緊張が弱く、振水音がある。食後、手足がだるく、ねむくなる。
〔応用〕胃腸虚弱症、胃潰瘍、慢性胃炎、萎縮性胃炎、胃アトニー症、胃下垂症、痔核、脱肛など
〔治験〕現在59才の婦人、昭和35年秋から1年半、父が治療したが、余り神経質で手に負えず、神経かをやった私にまかされた。
 既往に、肺結核、腎盂炎、チフス、猩紅熱などにかかったことがあり、昭和30年頃月経が閉止した。その頃からひどく痩せ、胸がつまったり、悪寒したりのぼせたりし、灸をしたら肩が凝り、夜眠れず、時々胃が張り、口がにがく、舌が白く、からだがだるいという。
 既に、父が用いた処方は、補中益気湯、桂枝湯の加味方種々、安中散などであった。しかし、処方を変えるたびに、かえって訴えが増えてどうにもならないという。
 私の初診は37年5月末で、その時の訴えは、疲れ易く、夜眠れない。疲れると下痢をし、腹が張る。気持ちの悪い汗が出るともいう。
 患者は痩せて、骨と皮のような婦人。しかも、わずかについている筋肉が、軟弱で緊張が弱い。脈は浮細遅、顔色はわるく、眼結膜も蒼白で、貧血状である。腹部はぺしゃんこに凹み、両側の腹直筋だけがつっぱてちて、臍の上に動悸が亢進し、みぞおちに振水音がはっきりと聞こえる。私は、この患者に、四君子湯加附子(1.0)を与えた。はじめは心配したが、「こんどの薬はなんともありません」といわれて安心し、ずっとその処方を用い、次第に元気になって、食事もおいしいというようになった。

                                  山田光胤

p206
102.〔旋復花代赭石湯〕(せんぷくかたいしゃせきとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕旋復花、大棗 各3.0 代赭石、甘草、人参 各2.0 半夏5.0 生姜4.0
〔目標〕生姜瀉心湯を用いるような症状に似ていて、それより身体が衰弱し、体力が低下している。心下痞?(胃部がつかえて張る)呑酸(むねがやけて、すっぱい水を吐く)?囃(むねやけ)があり、ことに?気(げっぷ)が多いもの、便秘することが多いが、下痢していてもよい。
〔かんどころ〕目黒道琢は、本方を、心下がつかえ、げっぷ、便秘に用いるといい、丹波家方的に、?気のぞかずというのは、おいおいと船を呼ぶような声をすることで、順気和中散の証だが、効果がないときは旋復花代赭石湯を用いてよいとある。
〔応用〕胃炎、胃酸過多症、胃潰瘍、胃癌、胃拡張、胃アトニー症等
〔治験〕中川修亭の処方筌蹄に、40才余りの男子、7,8年の間水を吐き、心下痞?,堅腹中水声(振水音)ありて止む時なく、?気除かず、鼻が塞がり臭いがわからず、諸医は治せなかった。そこで旋復花代赭石湯を与えて全治した。という治験例がある。

                                  山田光胤

p207
103.〔人参湯〕(にんじんとう)
〔出典〕傷寒論

104.(附方)〔附子理中湯〕(ぶしりちゅうとう)(直指方)
〔処方〕人参、甘草、朮、乾姜 各3.0
〔目標〕からだが虚弱で、血色の悪い、生気にとぼしい人。多くは痩せた人である。腹痛、胃痛、時に胸痛、めまい、頭重感などを訴え、下痢や嘔吐することがある。
 手足が冷え、舌が湿って苔はなく、尿は水のように薄く量も回数も多い。また、往々うすいツバが口の中にたまる。
 脈は緊張が弱く、あるいは沈遅、あるいは弦である。腹部は軟弱無力で、心下部に振水音をみとめるか、あるいは反対に、痩せているので腹部の肉付きが少なく、しかも、腹壁が板のように固く張っている。
 からだや手足の冷えが甚だしく、四肢が痛んだり、尿がことに近くて、脈が沈遅のものは、附子理中湯がよい。
〔かんどころ〕全体から受ける印象に生気がない。尿が水様透明で量が多い。口の中にうすいツバがたまる。腹証。これらは、本方を用いる目標として、重要な順にあげたものである。
〔応用〕胃下垂症、胃アトニー症、胃カタル、小児自家中毒症、妊娠悪阻、肋間神経痛、急性吐瀉病、神経症等
〔治験〕77才 男子
2年ばかり前、脈が結代したので、ある病院にかかった。そのとき、血圧が170程あり、脳軟化症のけがあるといわれたという。それ以来、味覚がなくなり、足に力がなくて歩きにくくなった。
 最近よだれが出て困る。大便が秘結するので漢方薬店でハブ草に大黄を加えたものをすすめられたが、それをのむと、便通の前にひどく腹が痛むという。
 患者はやせて顔色が悪い。手が冷たく、夜寝てから3回ぐらい小便にゆくという。脈は沈小で弱、舌は白く湿っているが、苔はない。血圧は126/70
 腹部は、腹壁薄く、ぺしゃんこで、しかも板のように固く、両側の腹直筋が上の方で変急していて、心下部には振水音がある。
 たずねると、よだれは薄いものだと答えたので、附子理中湯を与えた。すると、1週間後には、よだれが殆ど止まり、心下部の振水音が聞こえなくなった。しかし、その他の症状があるので、まだ治療をつづけている。
 附子理中湯 人参、肝臓、朮、乾姜 各3.0 附子1.0

                                  山田光胤

p210
105.〔女神散〕(にょしんさん)
〔出典〕浅田家方
〔処方〕当帰、川?、桂枝、白朮、黄?、香附子、梹榔 各3.0 木香、黄連 各2.0 人参、甘草 各1.5 大黄1.0 丁香0.5
〔目標〕体質的に余り特徴がなく、?血の徴候もはっきりしないが、多くは月経異常のある婦人や産後、流産のあとなどに起こった神経症状に用いる。
 症状は大抵、慢性、頑固で、長い間、不眠頭痛、頭重感、めまい、動悸、のぼせ、腰痛などに悩まされている。そして、精神不安があって気分が憂鬱である。
 不眠のあるときは、芍薬を加えるとよい。
〔かんどころ〕体質が中ぐらいか、それ以上に強い人。神経症状は一定で、余り変化せず、一つ二つの訴えをいつまでも頑固に固執する傾向がある。
〔応用〕血の道、神経症、ヒステリー、更年期障害、精神病
〔治験〕患者は28才の婦人。薬剤師
 2年前に初めてのお産をした。そのとき無痛分娩の目的でノブロンを注射したら、それ以来、手足が無感覚となり、頭の中に灼熱感や頭痛がおこり、常に頭が重くて何かものを被ったような感じがするという。注射の為ばかりではないだろう。
 初めは目もはっきり見えないような感じだったが、1年ほどして、ようやくものが見えるようになった。しかし、相変わらず頭がぼんやりして、考えがまとまらないというのが主訴である。本人は、お産が初めてなので、お産の後はこんなものかと思っていたという。しかし、最近になって病気と気づき、近所の医師にかかったが、はっきりせず、出身大学の教授に紹介されてきたのである。
 からだは中肉中背、脈は沈んで細く小さい。腹は左の腹直筋が少し拘攀しており、くびすじの筋肉がこり、腰背部の志室のところに圧痛がある。月経は産後順調でない。
 これに、症状の変化がなく、訴えが少ないことを目標に、女神散去大黄(便通が順調なので大黄を除いた)を与えた。
 すると1週間目には効果が出てきて、少しずつ頭がはっきりしてきた。そして2ヶ月で全治した。

                                  山田光胤

p212
106.〔半夏瀉心湯〕(はんげしゃしんとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔附方〕生姜瀉心湯、甘草瀉心湯
〔処方〕半夏4.0 黄?、人参、甘草、大棗 各3.0 乾姜2.0 黄連1.0
〔目標〕食物が心下部(みぞおち)につかえ、食欲不振、吐きけ、嘔吐などがある。
 腹が鳴って下痢する。
 心下部がつかえて肩が凝る。
 胃の異和感、存在感があって精神不安が起こる。このとき、舌に白苔を生じ、脈、腹部の緊張は中くらいで、腹証としては心下部が固く張り圧痛がある。ときに心下部に振水音をみとめる。
 本方の適応症は、体格、体質が中等度のものである。
 甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)は、半夏瀉心湯を用いたいような症状で、しかも腹鳴、下痢のひどい場合に用いる。
 半夏瀉心湯や甘草瀉心湯を用いる下痢は、裏急後重がなくて渋り腹でなく、一度下痢すれば一応気持ちがよくなるような場合で、水瀉性下痢から軟便程度まで、ひどさはいろいろである。
 生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)は、半夏瀉心湯を用いたいような場合で、しかも?囃(むねやけ)がひどいときに用いる。
〔かんどころ〕体質中ぐらいの人。食べ物が胃部につかえ、みぞおちが張って、胃の存在感がある。舌に白苔がある。
〔応用〕急、慢性胃腸カタル、不眠症、神経症
〔治験〕34才の男子、旧知の青年が、このごろおかしいから診てくれと、その妻に連れられてきた。
 約1ヶ月前から、食欲がなくなり、便秘をさかんに訴えた。近所の医師にかかったが、よくならず、次第に痩せて、、その上神経過敏になり、夜眠らなくなった。2週間ばかり前からつまらぬことを気にして、わけのわからないことを言うようになった。そのため勤めも休んでいるという。患者は、中肉中背。筋肉の緊張も大体良好、顔色悪く、憂鬱な顔つきで、余り口もきかない。舌に白苔があり、脈は緊張がよく、腹部をみると心下痞?がみとめられ、みぞおちに抵抗があって、圧迫すると痛みを訴える。半夏瀉心湯を用いたところ、10日ほどで食欲が出て、元気になった。神経症状も勿論なくなった。
 甘草瀉心湯:半夏瀉心湯に甘草1.0を加える。
 生姜瀉心湯:半夏瀉心湯から乾姜1.0を減じ、生姜2.0を加える。

                                  山田光胤

p214
107.〔半夏白朮天麻湯〕(はんげびゃくじゅつてんまとう)
〔出典〕李東垣脾胃論
〔処方〕半夏、白朮、蒼朮、陳皮、茯苓 各3.0 天麻、紳麹、麦芽、生姜 各2.0 黄耆、人参、沢瀉 各1.5 黄柏、乾姜 各1.0
〔目標〕胃腸が弱くて冷え性の人が、しじゅう頭痛、眩暈(めまい)を訴え、時には発作性の激しい頭痛が起こり、その際は嘔吐を伴うことがある。食欲がなく、しばしば吐きけがあり、食事のあとで手足がだるくなって、眠くなる。夜、寝付きが悪いのに、朝、起きるのがだるく、或いは眠くて起きられない。また、天気が悪いと頭痛が起こることもある。
 脈は沈んで弱く、腹部は軟弱で、心下部に振水音をみとめ、或いは胃部にガスが停滞している。
〔かんどころ〕胃内停水があって、頭痛やめまいがする。食事のあと、手足がだるくなる。
〔応用〕胃アトニー症、胃下垂症、神経症、高血圧、低血圧症、常習性頭痛、蓄膿症等
〔治験〕38才の婦人
 時々、腹が張って痛み?囃(むねやけ)が起こる。いつも頭が重く、ひどくなると頭痛がし、常に首や肩が凝っている。しばしばめまいがし、立ち上がったり、上を向いたとき、からだがふらふらっとする。また、夜は眠りが浅く、よく夢を見るが、昼間は、ねむい。食欲はある。便通は秘結ぎみであるという。
 中肉中背で、顔色は余りよくない。筋肉は軟らかくて、緊張がない。脈は沈小或いは細。腹部は軟らかく、心下部に、ごく僅かな振水音を認め、左下腹部の腸骨窩附近に圧痛がある。
 半夏白朮天麻湯を投与し、10日後具合がよいといい、約8ヶ月後、頭痛は起きなくなった。この間、毎月10日か15日分の薬をのむだけだった。
 しかし、左下腹部の圧痛がとれないので、当帰芍薬散を10日分与えた。すると、その部分の圧痛はなくなったが、下腹が自然に痛むという。そこで、当帰建中湯と人参湯の合方を10日分与えたところ、その痛みが起こらなくなった。

                                  山田光胤

p216
108.〔六君子湯〕(りっくんしとう)
〔出典〕薛立斉十六種
〔附方〕香砂六君子湯、柴芍六君子湯
〔処方〕人参、朮、茯苓、半夏 各3.0 陳皮、生姜、大棗 各2.0 甘草1.5
〔目標〕体質虚弱で、皮膚や筋肉の緊張が悪く、多くは痩せ型で貧血性の、いわゆる弛緩性体質の人。食欲がなく、体重が減り、食物が心下部につかえ、少し食べても胃が張り、吐きけや嘔吐が起こり、胃部の膨満感があり、大便が軟らかい。脈は弱く、腹部は軟弱で心下部や臍の附近に振水音をみとめる。
 香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう):六君子湯を用いるような場合で、腹が痛んだり、気分が重く、憂鬱で精神不安があり、頭重、倦怠などがあり、疲れ易いものに用いる。
 柴芍六君子湯(さいしゃくりっくんしとう):六君子湯を用いたいようなときで、胸脇苦満があり、神経質になっているものに用いる。
〔かんどころ〕虚弱体質ではあるが、余り痩せ衰えてはいない。食べ物を少しとると腹が張って食べられなくなる。腹部に心下部振水音がある。
〔応用〕胃アトニー症、胃下垂症、慢性胃腸カタル、神経症
〔治験〕11才の男児、わたしの甥である。
 この子は、もともと身長は高いが、やせて顔色の青白い少年で、いつも家にこもって、本を読んだり、模型をいたずらしたりするばかりで、ほかの子供のように、戸外をとび歩いて遊ぶということがなかった。
 食欲がなく、少し食事をとると、げぶげぶと吐きそうになるといって、母親がこばしに来た。
 腹部を診ると、子供なのに、心下部の振水音が著明である。そこで、六君子湯を投与することにした。これが、昭和39年の5月初である。
 それ以来、一日も欠かさず薬を飲ませた。すると、7月末、学校が夏休みになったので、久しぶりに遊びに来た甥を見て、わたしはすっかり驚いてしまった。からだは、がっちりして、顔は丸々と肥り、しかも赤々とした顔色になり、別人のように元気な子供になっていたからである。
 母親は欲が出て、もっともっと丈夫にするといい、その年の末まで薬を飲ませた。

                                  山田光胤