79.〔延年半夏湯〕(えんねんはんげとう)
〔出典〕外台秘要
〔処方〕半夏5.0 桔梗、柴胡、別甲、梹榔 各3.0 人参2.0 乾生姜、枳実 各1.5 呉茱萸0.5〜1.0
〔目標〕
この方は外台秘要、「癖及び痃癖不能食方」のところに「腹内左肋、痃癖硬急し、気満して食すること能わず、胸背痛む者を主る」とある。
これは気鬱と停痰によって胃障害を起こし、多くは慢性に経過したもので、主訴は、心窩部痛、心窩部膨満感、左季肋部、あるいは乳房下部に疼痛または疼痛感、左腹直筋緊張感、さらに左背部にも自発痛または圧痛があり、左の肩凝り、足冷などである。
気満とあるのは気の鬱、ガスの停滞で、腹の内部や左胸肋のこり、胸腹部の痛みなどはガスの滞りと停痰によって起こる症状と解釈される。
〔かんどころ〕
細野氏等は、
(1)慢性胃障害(疼痛、膨満感)
(2)左の肩と左の背の凝り
(3)左腹筋の緊張
(4)立位時の心窩部圧痛
(5)足冷(膝から下、または足首より先)
以上5つの条件を持って本方の証であることを提唱した。私はこれの追試を行い、細野氏等の説の意義有ることを立証したが、これらの5条件が必ずしも全部揃わなくとも効くことがある。
〔応用〕
本方は主として慢性胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃酸過多症・肋間神経痛・狭心症類似症・慢性膵臓炎等に用いられ、また肩凝り・神経症・慢性肋膜炎・神経性食欲欠乏症・或いは善飢症(萎黄病)などに応用される。
〔治験〕胃潰瘍(胃癌の疑い)
45才の主婦。2年前より痩せ始め、6キロも体重が減少した。顔色蒼白、貧血症で元気のない表情であった。病院でレントゲン検査の結果、十二指腸部に腫瘤様のものが認められ、厥陰は時間55ミリ、血色素60%、酸欠乏症で、癌の疑いが濃厚であるから即刻手術せよといわれ、手術すべきかどうか思案の最中で心を痛めていた。
主訴は食欲不振、左側背部の凝りと緊張感、心下部の違和停滞感である。脈は軟弱で、血圧は100/55、腹部陥没、心下部に硬結様の抵抗を触れ、圧痛がある。立位時の心下部圧痛著明で、息が止まりそうだという。左背部心兪、膈兪のあたりがひどく凝っていて圧痛がある。足冷はそれほどひどくない。
延年半夏湯10日分で食欲進み、20日後諸検査の所見がなくなり、十全大補湯を兼用して貧血回復し、以後1年半続服して、以前に優る健康体となった。以来4カ年健在。
矢数道明