「漢方精撰百八方」 7

71.〔続命湯〕(ぞくめいとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕杏仁4.0 麻黄、桂枝、人参、当帰各3.0 川キュウ、乾姜、甘草各2.0 石膏6.0
〔目標〕自覚的 運動障害、言語障害、知覚障害等があって、ときに喘咳、浮腫等がある。
他覚的
脈 浮大、弦大、弦緊等
舌 燥した中等度以上の白苔又は黄苔
腹 腹力は充分で、心窩又は肋骨弓下にかなりの抵抗並びに圧痛があり、あたかも大柴胡湯の腹状を思わせる場合が多い。
〔かんどころ〕半身不随し、からだはがっちり。
〔応用〕
1.脳出血後の運動又は言語障害
2.高血圧症で口渇、頭痛を伴うもの
3.喘息
4.関節炎又は神経痛
5.腎炎、ネフローゼで浮腫のあるもの
〔治験〕本方は、ひとくちに言って、大柴胡湯証で運動又は言語障害をかねたようなものによく効く。半身不随では、発作後、日の浅いもの程よく応ずるが、ときにはかなりの年月を経たものでも、本方を長服して次第に好転してきているものがある。
 がっちりしたからだつきで、腹力もつよく、心窩は抵抗があって圧痛を訴え、しかも胸脇苦満が著明にあれば、このような患者の半身不随の場合には、誰しも大柴胡湯又は大柴胡湯加黄連、黄ゴン等を用いたいところであるが、それらを用いて効なく、続命湯を与えて俄に好転したといういくつかの治験を私はもっている。このような場合に、一度は試みる価値のある薬方であると思う。
 五十七才の男子。中肉中背で、顔面は何となく僅かにむくんだ感じ。約八ヶ月前に軽い脳出血の発作で倒れ、二ヶ月ほどの安静加療で外出も出来るようになったが、ロレツがよく廻らないのと、右上肢のシビレ感がとれず、歩行がぎこちないのが苦しい。診ると、外見の割に腹状はがっちりしていて、心窩部も、肋骨弓下も抵抗と圧痛があり、脈は弦やや浮大で、舌には乾燥した厚い白黄苔がある。本方を続服して、諸症状はほぼ正常に近いまでに好転した。

                                  藤平 健


72.〔大黄附子湯〕(だいおうぶしとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕大黄1.0 附子0.5〜1.0 細辛2.0
〔目標〕自覚的 主として片側(左側のことが多い)の脇下部、腹部、腰脚部の冷感疼痛で、便秘の傾向があり、下肢が冷える。
他覚的
脈 緊弦、沈緊等
舌 湿潤した微白苔、ときに乾燥している場合もある。
腹 腹力は中等度又はやや軟、特に抵抗や圧痛はない。ときに両腹直筋の緊張がある。
〔かんどころ〕かた腹痛んで、便秘して、冷える。
〔応用〕
1.老人の便秘症で、腹痛を伴うもの
2.胆石或いは腎石による疼痛
3.肋間神経痛で、便秘するもの
4.腸疝痛で、便秘を伴うもの
〔治験〕本方は太陰病の実証、即ち寒実証の代表的薬方とも称すべきもので、比較的応用の広い薬方である。ことに腹痛を伴う老人の便秘などは、洋方の下剤では、ただ下るばかりで、疲労や脱力感を来す場合が多いものであるが、このような場合に本方を用いると、通じもつき、からだも温まり、体力もつくという状態をもたらして、大変に具合のよいものである。また座骨神経痛などにも屡々応用される。
 六十四才の婦人。数年前から胃アトニーと左側の座骨神経痛を便秘とに悩まされている。便秘は五日に一回くらい。脈は沈弱。舌は乾燥した厚い白黄苔。腹力は軟弱で、上腹部に振水音が著明。本性には眩暈が多少あったので、腹力の軟弱ということも考え合わせて、最初は真武湯を与えた。しかし、疼痛がやや緩解された程度で、便通もつかず、あまりはかばかしくない。そこで、十日間の服用の後、これを打ち切って本方に転方した。(大黄2.7 附子1.5 細辛4.0)ところ、にわかに好転しはじめて、七十五日服して全治した。
 七十二才の婦人。数年前から一週間に一行位の便秘と、左側下腹痛の発作とに悩まされている。脈は沈やや緊。舌にはやや湿潤した白苔が中等度。腹力は中等度よりはやや軟。左右の腹直筋がかなり強くすじ張っている。本方(大黄2.5 附子1.0 細辛4.0)二週間を服用して全治した。

                                  藤平 健


73.〔大建中湯〕(だいけんちゅうとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕山椒2.0 乾姜5.0 人参3.0 右を法の如く煎じ、滓を去り、膠飴20を入れ、再び火にのせ5分間煮沸、之を温服する。
〔目標〕(自覚的) 腸の動くのを自覚し、腹中が冷え痛み、だるくて、非常に疲れやすく、食欲なく、ときに嘔吐し、或いは便秘する。手足が冷えやすい。
(他覚的) 脈:軟弱、虚にして数、沈遅、細小等。 
舌:湿潤するのを原則とするが、私の経験では、大多数が乾燥した厚い白苔である場合が多い。 
腹:軟弱無力で船底状に陥凹する場合が多いが、ときには虚満を呈することもある。腸の蠕動亢進が甚だしい場合には、腹壁があちらがもちあがり、こちらがへこむという状態を望見することが出来る。本方の条文の中の「皮起り、出で現われ、頭足ありて上下し…」というのは、これを指したものであろう。
〔かんどころ〕腸がうごいて、腹力よわく、腹痛、嘔吐し、疲れがひどい。
〔応用〕1.胃アトニー又は胃下垂症の重症で、食思欠損し、食すれば腹痛、嘔吐し、羸痩甚だしく、疲労、倦怠その極みに達するもの。
2.劇烈なる腹痛又は蛔虫による腹痛。
3.腸疝痛
4.胃潰瘍
5.腸管蠕動不穏症
〔治験〕本方証は、小建中湯証はどには多いものではないが、かなりに遭遇することのある証である。ことに胃アトニー、胃下垂症等で、諸治を受けて効なく、次第に痩せ衰えて、死の恐怖におびえているような者に、劇的な効果をあげた例を、かなり数多く経験している。
 26才の人妻。結婚前はむしろ太っていた方だったが、数年前から食欲が衰え、次第に痩せて、骨と皮ばかりのようになってしまった。子供がほしいが、生まれない。あちこちを歴訪して、胃アトニー、子宮発育不全等の診断名のもとに、諸種の治療を受けているが、ますます具合が悪くなっていく。脈は沈細。舌は厚い乾燥した白苔。腹は陥凹して、軟弱無力。
 本方を与えること9ヶ月。血色は見違えるほどよくなり。太って、ついに待望の妊娠をすることが出来た。

                                  藤平 健


74.〔紫円〕しえん
〔出典〕千金方
〔処方〕代赭石、赤石脂、巴豆 各4.0 杏仁8.0 右四味、まず赤石脂、代赭石を細末となし、巴豆、杏仁を研って末に合し、糊で小粒の丸となし、温湯で、一回0.4乃至1.5を服用する。
〔目標〕
自覚的
 上腹部が張って痛み、或いは便秘し、或いは浮腫のあるもの。
 脈、舌、腹の諸侯は、特に虚状が甚だしくない限り、あまり意を用いなくともよい。
〔かんどころ〕心窩部つかえて、苦しみもだえる。
〔応用〕1.食滞又は食中毒
2.小児の消化不良
3.梅毒性諸症
4.急性腎炎
5.疫痢の初期
〔治験〕本方は過食、食中毒等によって、急に胃部が弱ってきて、痛み、苦しみ、もだえ、むかつくというような場合に、0.5グラム位を頓服させると、数分の後に吐きかつ下して、直ちに治癒におもむく。この際吐物の中に、服用した紫円の一部がまじって出てきてしまうが、さらに追いかけて服用させる必要はない。嘔吐につづいて、数分後に水様便が出て、諸症状は軽快する。したがって、私は登山や旅行等の際には、必ず本方を常備薬として携行することにしている。
 本方を服用後、もし水様便が下りすぎてとまらないような事があったなら、冷水をコップに1,2杯飲ませれば、やがて止まるものである。
 小児科でヒマシ油を用いるような場合に、その代わりに本方を与えると、効果はヒマシ油より更に顕著である。私の知り合いの医師は、漢方は全くの無知であるが、紫円の使用をすすめて以来、ヒマシ油は全く無用となったばかりではなく、病気の治りが非常によいといって、専ら紫円を愛用している。
 本方は急性症ばかりでなく、腎炎、梅毒等の治療中に、一定の間隔を置いて頓服させて、効果のあがることがある。小田原の間中博士は、腎疾患の浮腫のつよい場合に、本方を兼用して、良効を来した数例を報告しておられる。

                                  藤平 健


75.〔白虎加人参湯〕(びゃっこかにんじんとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕知母5.0 粳米8.0 石膏15.0 甘草2.0 人参1.5
〔目標〕
自覚的
 寒熱去来し、汗出でて渇し、背部に悪寒甚だしく、尿利は頻繁で、大便には著変がなく、心窩部がつかえて、食欲は欠損する。
他覚的
 脈:洪大、洪数、滑数等
 舌:乾燥した白苔又は黄苔又は焦黄苔
 腹:腹力は中等度以上で、心窩部に抵抗があって、圧に対して不快感又は疼痛がある。
〔かんどころ〕寒熱去来し、汗が出て、のどが乾いて、脈洪大。
〔応用〕1.諸種の急性熱性疾患で、発病後数日を経て、悪寒と高熱とが交互に去来し、発汗甚だしく、のどまた大いに乾き、しかも排尿の回数も量も減ぜず、煩悶して、身の置きどころに苦しむような場合。
2.発汗の後、脱汗やまず、身体が痛んで屈伸し難く、渇して、小便自利する症状。
3.日射病又は熱射病。
4.糖尿病又は尿崩症。
5.皮膚炎、湿疹等でソウ痒の激しいもの。
6.夜尿症。
〔治験〕本方は陽実証でしかも津液亡失の状態を兼ねたものに用いる薬方である。
 急性熱性疾患は、太陽病期から少陽病期へ、ついで少陽病期から陽明病期へと、順次移行していくのを普通とするが、ときに順当な道を進まず、太陽病期からいきなり陽明病期へと突進し、しかも太陽、少陽の症状を僅かずつ残している場合がある。これが三陽の合病と称する病情であって、本方は白虎湯とともに、そのような状態を治する代表的な薬方である。両者の鑑別点は、白虎湯はより熱状のつよい場合に用い、本方はより煩渇状のつよ状態に応用するという所である。
 本方は、かつて私自身が、かぜのために高熱を発し、顔面や、胸、腹は暑くてだらだらと汗を流しているのに、背中の方は水の中につかっているように寒く、のどがかわいて、食欲が全くない、という状態を呈したときに用いて、劇的に効いた事がある。

                                  藤平 健


76.〔ヨク苡附子敗醤散〕(よくいぶしはいしょうさん) ※ヨクの字は「くさかんむり」に「意」
〔出典〕金匱要略
〔処方〕ヨク苡仁16.0 敗醤8.0 附子0.5〜1.0
〔目標〕
自覚的
 皮膚がかさついて、冬などは粉のように落屑する。或いは皮膚が薄くなってピカピカひかり、油気がない。ときに腹痛がある。
他覚的 
 脈:沈又は沈数
 舌:湿潤して苔なきか又は微白苔
 腹:腹力は軟で、時に両腹直筋が緊張する。回盲部に圧痛を認めることが多い。
〔かんどころ〕皮膚がかさつき、腹皮はすじばり、回盲の部をおしたらいたむ。
〔応用〕
 1.虫垂炎で、熱なく、虚証に属するもの。
 2.進行性手掌角化症。
 3.みずむし。
 4.子宮内膜炎等で、白帯下が甚だしく、脈沈のもの。
 5.肺膿瘍で元気の衰えているもの。
 6.慢性湿疹で、皮膚枯燥の傾向のあるもの。
〔治験〕
 53才の婦人。でっぷり太った、色白の大柄な体格。数ヶ月前から右下腹痛があり、慢性虫垂炎だから手術するように、と医師から再三すすめられている。
 脈は沈細。舌は乾湿中等度の微白苔。腹は膨満しているが、腹力はなく、軟弱でブヨブヨした感じ。マックバーネの圧点附近に軽度の圧痛がある。
 本方を続服することと約2ヶ月。その後再発をみない。
 9才の女児。数年前から身体の諸処に湿疹が出来て、諸医を歴訪するが治らない。越婢加朮湯、消風散等を与えて応ぜず。本方を服用するに至って、はじめて根治の域に達するこたが出来た。

                                  藤平 健


77.〔八味丸〕(はちみがん)又は腎気丸(じんきがん)又は八味腎気丸(はちみじんきがん)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕乾地黄4.0 山茱萸、薯蕷 各2.0 沢瀉、茯苓、牡丹皮 各1.5 桂枝、附子 各0.5 
右八味を細末にして、練密で丸となし、1日3回、2.0ずつを酒にて服用する。又は右の分量を水500ccで200ccまで煎じ詰め、1日2回に分温服してもよい。この際附子の量は、症状により適宜加減する。
〔目標〕
自覚的
 疲れやすく、臍以下に力が少なく、膝がガクガクしたり、転びやすかったりする。のどの乾き、ことに夜間にのどがかわく傾向があり、夜排尿に起きる回数が多い。
 冬は手足が冷え、夏はかえってほてる。腰が痛んだり、精力の減退を覚えたりする。ときには眩暈がある。
他覚的
 脈:沈小、弦細、弦にして硬等一定しない。
 舌:乾湿種々で、これまた一定しないが、ときに乳頭が消失して、乾いて赤むけの様な状態、即ちいわゆる鏡面舌を呈することがある。
 腹:腹力は中等度又はそれ以下であるが、上腹部に比べて下腹部の腹力がはるかに弱いということが、ほぼ絶対的といってよいほどに必要な条件である。また臍上と臍下とで知覚の相違を呈していることが多く、ことに臍下の知覚鈍麻のある場合が多い。しかしこれが逆になっている場合もある。
 また本方の腹状の一型として、下腹壁がすじばって、両腹直筋の下部が逆八時型につよく緊張している場合がある。
〔かんどころ〕腰から下の力が弱り、のどが渇いて、夜間尿が多い。
〔応用〕
 1.腰痛し、尿利の減少があるもの
 2.妊婦、産後等の尿閉
 3.糖尿病
 4.脚気様疾患で、下腹部が軟弱、知覚鈍麻のあるもの。
 5.慢性腎炎、萎縮腎、膀胱炎等
 6.前立腺肥大
 7.陰痿、遺精等
 8.動脈硬化症、脳溢血等
 9.小児の遺尿症
 10.帯下
 11.白内障、緑内障
 12.老人の神経性尿意頻数症(気淋)
〔治験〕
 本方は或いは主方として、また場合によっては兼用方として、実に頻用される薬方である。私のところなどでは、特に眼科患者を多く扱っている関係もあって、毎日何十人かに本方を投じている。
 本方は、その部位は、本来太陰虚寒に属するものであるが、ときには僅かながら実状を帯びている場合もある。また陰陽錯雑虚実混淆の証として、主方は大柴胡湯証を呈しながら、兼用方として本方を用いる必要があるというような証を呈する場合もある。したがって、本方証は、ときにはビール樽腹の、一見いかにも実証そのものというような巨漢にも現れることがあるから、陰虚証という部位の観念にばかりとらわれるぎてもいけない。
 65才の男子。剣道7段で、茶道、花道の師匠もしている。数年前からの漢方の信者。脈は弦。舌はやや乾燥した微白苔。腹は僅かに膨満し、腹力は充分であるが、上腹部に比べて、下腹部の力がやや弱く、かつ僅かに知覚がにぶい。左臍傍に中等度の抵抗と圧痛がある。桂枝茯苓丸3.0を朝に、本方3.0を夕に服用させること数年。桂枝茯苓丸をやめると痔が出やすくなり、本方をやめると、剣道の稽古の後疲れが出やすいことが、あきらかにわかるという。

                                  藤平 健


78.〔苓桂朮甘湯〕(りょうけいじゅつかんとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕茯苓6.0 桂枝4.0 白朮3.0 甘草2.0
〔目標〕
自覚的
 たちくらみがしやすく、常に頭が重く、動悸がしやすい。尿利に異常がある場合が多く、排尿回数がときに甚だしく多くなったり、逆に少なくなったりする。のぼせ易い。
他覚的
 脈:沈弱又はときに浮弱。
 舌:湿潤した微白苔。
 腹:腹力は中等度又はやや軟で、上腹部に振水音を認める。
〔かんどころ〕たちくらみして、あたまが重く、どうきしやすく、小便少ない。
〔応用〕
 1.小児、学童等の起立性調節障害
 2.ノイローゼ
 3.神経性心悸亢進
 4.軽症脚気
 5.耳鳴
 6.慢性軸性視神経炎
 7.慢性結膜炎
 8.特発性夜盲症
 9.心臓弁膜症
 10.軽症胃アトニー
 11.脚麻痺
 12.仮性近視
〔治験〕
 本方は、アトニー性体質の青少年にくる諸疾患にきわめて広範囲に適応する薬方である。ことに目下、小児科方面で問題となっている起立性調節障害(O.D)には、まことによく応ずる場合が多い。
 47才の婦人。中肉中背で、あまり顔色は良くない。若いときから疲れやすい方であったが、最近息切れと、どうきとが非常におきやすくなった。以前に心臓弁膜症と診断せられたことがある。リューマチの既往はない。この頃とくに、いくら空気を吸い込んでも、充分に吸えないような感じ、即ち空気飢餓感がつよい。前額部痛、ことに眉毛の附近が常に痛み、たちくらみがし易い。のぼせ易く、首のうしろが凝る。ときに酸っぱい水が逆流してくる。くちがかわき、ねばる。みずおちがつかえ、足尖が非常に冷える。甚だしく疲れやすい。
 脈は沈やや緊。舌は乾燥した微白苔。腹力は中等度よりやや実。中カン(月に完)の附近に軽度の抵抗と圧痛とがあり、かつ僅かに振水音をきく。左臍傍及び右回盲部に中等度の抵抗と圧痛とがある。心尖部その他に、聴診では雑音は証明されない。
 以上の自他覚症状から、たちくらみ、のぼせ、息切れ並びに空気飢餓感(共に苓桂朮甘湯証中の短気という症候に含まれる症状)、頭痛、上腹部の振水音、脈沈やや緊等が本方証に該当するものと認めて、本方を与えたところ、一週間の服用でかなり好転し、更に10日分を服して諸症状が殆ど感じられなくなり、さらに10日分を服し終わって、別人のように感じられるようになったと喜ぶことしきり。

                                  藤平 健


79.〔延年半夏湯〕(えんねんはんげとう)
〔出典〕外台秘要
〔処方〕半夏5.0 桔梗、柴胡、別甲、梹榔 各3.0 人参2.0 乾生姜、枳実 各1.5 呉茱萸0.5〜1.0
〔目標〕
 この方は外台秘要、「癖及び痃癖不能食方」のところに「腹内左肋、痃癖硬急し、気満して食すること能わず、胸背痛む者を主る」とある。
 これは気鬱と停痰によって胃障害を起こし、多くは慢性に経過したもので、主訴は、心窩部痛、心窩部膨満感、左季肋部、あるいは乳房下部に疼痛または疼痛感、左腹直筋緊張感、さらに左背部にも自発痛または圧痛があり、左の肩凝り、足冷などである。
 気満とあるのは気の鬱、ガスの停滞で、腹の内部や左胸肋のこり、胸腹部の痛みなどはガスの滞りと停痰によって起こる症状と解釈される。
〔かんどころ〕
 細野氏等は、
 (1)慢性胃障害(疼痛、膨満感)
 (2)左の肩と左の背の凝り
 (3)左腹筋の緊張
 (4)立位時の心窩部圧痛
 (5)足冷(膝から下、または足首より先)
 以上5つの条件を持って本方の証であることを提唱した。私はこれの追試を行い、細野氏等の説の意義有ることを立証したが、これらの5条件が必ずしも全部揃わなくとも効くことがある。
〔応用〕
 本方は主として慢性胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃酸過多症・肋間神経痛・狭心症類似症・慢性膵臓炎等に用いられ、また肩凝り・神経症・慢性肋膜炎・神経性食欲欠乏症・或いは善飢症(萎黄病)などに応用される。
〔治験〕胃潰瘍(胃癌の疑い)
 45才の主婦。2年前より痩せ始め、6キロも体重が減少した。顔色蒼白、貧血症で元気のない表情であった。病院でレントゲン検査の結果、十二指腸部に腫瘤様のものが認められ、厥陰は時間55ミリ、血色素60%、酸欠乏症で、癌の疑いが濃厚であるから即刻手術せよといわれ、手術すべきかどうか思案の最中で心を痛めていた。
 主訴は食欲不振、左側背部の凝りと緊張感、心下部の違和停滞感である。脈は軟弱で、血圧は100/55、腹部陥没、心下部に硬結様の抵抗を触れ、圧痛がある。立位時の心下部圧痛著明で、息が止まりそうだという。左背部心兪、膈兪のあたりがひどく凝っていて圧痛がある。足冷はそれほどひどくない。
 延年半夏湯10日分で食欲進み、20日後諸検査の所見がなくなり、十全大補湯を兼用して貧血回復し、以後1年半続服して、以前に優る健康体となった。以来4カ年健在。

                                  矢数道明


80.〔温清飲〕(うんせいいん)
〔出典〕万病回春
〔処方〕当帰、乾地黄 各4.0 芍薬、川キュウ、黄ゴン 各3.0 黄連、黄柏、山梔子 各2.0
〔目標〕
 この方は万病回春婦人門に「婦人経脈住(とど)まらず、或いは豆汁の如く、五色相雑え、面色痿黄、臍腹刺痛、寒熱往来、崩漏止まざるを治す」とある。
温清飲は四物湯と黄連解毒湯との合方で、実熱を瀉する黄連解毒湯を、虚熱を治し、血を養い温める四物湯とを組み合わせて作られたものである。
 本方証の多くは、慢性に経過したものか、体質的に本方証のあるものが急性症状を発したものである。体質的には皮膚黒褐色または黄褐色を呈し、渋紙の如く、皮膚枯燥の傾向がある。症状としてはソウ痒甚だしく、あるいは粘膜に潰瘍出没し、のぼせて出血の傾向がある。また神経興奮の症状がある。脈は一定しないが弱くはない。腹は柴胡証に似て肋骨弓下部及び腹直筋が緊張し、抵抗があるものが多い。肝障害を伴うものである。
〔かんどころ〕
 皮膚の色が黄褐色で、渋紙の如く枯燥し、慢性的に経過し、あるいは体質的疾患に多く、肝機能障害を伴い、神経症や、アレルギー性のものが多い。虚実寒熱の複雑化したものである。
〔応用〕
 諸出血(子宮出血、血尿、衂血、喀血等)・皮膚掻痒症・皮膚炎・湿疹・蕁麻疹・面皰・肝斑(しみ)・ベーツェット症候群・神経症・高血圧・肝障害・アレルギー性体質改善などに応用される。
〔附記〕
 本方を基本として森道伯翁は、柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯を創方し、体質改善薬とした。大塚敬節氏は本方に釣藤、黄耆、魚腥草(どくだみ)を加えて高血圧の、のぼせ、顔面紅潮、不眠、気分の不安定なるものに用いるという。
〔治験〕
 ベーチェット症候群
 33才の主婦。約10ヶ月前より発病し、口中舌頬粘膜、及び陰部に潰瘍ができ、出没常なく、繰り返し発生していた。また下肢に斑点が現れ、陰部に潰瘍ができるときは、悪寒高熱を発して非常に苦しむ。ベーチェット症候群という診断を受け、3ヶ月入院加療を受けたが少しも好転しなかった。これを血熱生瘡久しきものとして温清飲に連翹を加えて与えたところ、1ヶ月後には現発の潰瘍は消失し、新しい潰瘍の発生なく、4ヶ月間服用して全治し、以来数年を経過するが再発をみない。

                                  矢数道明