「漢方精撰百八方」 5

51.〔方名〕温経湯(うんけいとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕呉茱萸、半夏、麦門冬各3.0g 川キュウ、芍薬、当帰、人参、桂枝、阿膠、牡丹皮、生姜、甘草各2.0g
〔目標〕1,五十才ばかりの婦人で、子宮出血が数十日もやまず、日暮れになると熱が出て、下腹が引きつれ、腹が張り、掌がぽかぽかと熱っぽく唇が乾燥するもの。
2.冷え性の婦人で、下腹が冷たく、永い間妊娠しないもの、またこのような婦人で、子宮出血が多かったり、月経が多量に下ったり、また月経の不順があるもの。
〔かんどころ〕全体に皮膚ががさがさしている。殊に唇が乾き、掌も乾燥して熱っぽい。それでいて冷え性で月経異状がある。
〔応用〕更年期出血。指掌角皮症。上肢殊に手の甲、掌、指に限局する湿疹。月経困難症。不妊症。
〔治験例〕
1.進行性指掌角皮症
 三十二才の主婦、三年前より掌が荒れ、殊に右側の掌は、指紋が消失し、がさがさに乾燥し、冬は殊に増悪する。某病院の皮膚科の治療を受けているが、治らないという。
 栄養、血色、普通。月経は正調、腹診上も、特に変化無く、ただ腹直筋が下腹でやや緊張しているだけである。口唇は乾燥する気味だという。
 そこで温経湯を与えたところ、十日目頃より効果が現れ、二ヶ月あまりで全治した。
2.不妊症。
 結婚後十四年になるも、妊娠しないという三十四才の婦人。栄養、血色ともに普通、ただ冷え性で、腰のあたりが殊に冷え、冷えると腰痛を訴える。月経は正調にくるし、困難症はないが、量が少ない。手の指と甲に湿疹があり、時々憎悪すると、かゆくなる。患部は乾燥して、がさがさしている。
 腹部は一体に緊張が強く、左右の下腹に圧痛がある。
 はじま当帰芍薬散料を与える。服薬一カ年に及ぶも、何の変化もない。そこで桂枝茯苓丸料とする。これをのむと、気持ちが悪いという。そこで温経湯に転方。これをのみはじめると、湿疹が先ずよくなった。月経の量が多くなった。服薬三カ年にして妊娠、めでたくぶし分娩。
                                  大塚敬節



52.〔方名〕桂枝湯(けいしとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕桂枝、芍薬、大棗、生姜各4.0g 甘草2.0g
〔目標〕
1.感冒のような状態で、脈をみると、浮いていて弱く、さむけがして熱もあり、くしゃみが出る。
2.熱が出て頭痛がし、脈は浮いていて弱く、汗が自然ににじみ出て、さむけもある。
3.以上のような病状のものに、間違って下剤を与えてはならない。
4.どこにま以上を発見することができず、ただ時々熱が出て、その時に汗が出るような患者。
5.熱があって頭痛がし、六、七日も便秘していても、小便が澄明で著色していないもの。
6.頭痛、発熱、さむけがあって、脈にも力があり、麻黄湯で発汗せしめたところ、一旦軽快し、また気持ちがわるくなって、脈が浮いて速いもの。
7.熱があって、からだが痛み、さむけのある患者を誤って下剤で下したところ、下痢がやまなくなり、たべたものがそのまま下るようになった。こんな患者には先ず四逆湯を用い、下痢がやんでのちも、からだの痛む時に、桂枝湯を用いる。
8.つわりで、頭痛がし、時に熱が出て、のどは少し乾くが食事がまずいというもの。
9.産のあとで、永い間、少し頭痛がし、さむけもし、時々熱も出て、みずおちが苦しく、吐きそうになり、汗も出るようなもの。
〔かんどころ〕熱のある場合は、脈が浮いていて弱く、さむけがするのを目標とし、その他の雑病では、からだが虚弱で、疲れやすく、脈が浮いて大きく力がないという点に眼をつける。
〔応用〕感冒、神経痛、腹痛、下痢。

〔附記方名〕桂枝去芍薬湯(けいしきょしゃくやくとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕桂枝、大棗、生姜各4.0g 甘草2.0g
〔目標〕脈促、胸満のもの。
〔かんどころ〕脈が速く、腹から胸に何かが上がってくるようで、胸がいっぱいになった状。
〔応用〕神経症
                                  大塚敬節



53.〔方名〕桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕桂枝、芍薬、大棗、生姜各4.0g 甘草、黄耆各2.0g
〔目標〕1,汗が多く出る、下半身が冷える、皮膚にしまりがなく、筋肉が水をふくんだ様にぶくぶくする、盗汗が出る、疲れやすい。
2,皮膚ががさがさして、栄養が悪く、はれものができたり、化膿したりして、治りにくい、しびれ感がある。
〔かんどころ〕皮膚に生気が無く、しまりが悪く、ぶくぶくしていうものと、肌が荒れて汚く、しびれ感がある。
〔応用〕多汗症。下腿潰瘍。中耳炎。むしにかまれるとそれがいつまでも治らない、下肢のしびれ感。
〔附記方名〕帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)
〔出典〕華岡青洲創方
〔処方〕桂枝加黄耆湯加当帰2.0g
〔応用〕るいれき。寒性膿瘍。肉芽発育不良。瘻孔。
〔治験〕1,汗疹(あせも)
肥満した色の白い婦人、汗が出て、夏はあせもがひどくできる。桂枝加黄耆湯であせもがよくなり、からだが軽く動けるようになった。
2,中耳炎
 三才の幼児、かぜをひきやすく、かぜから中耳炎となり、耳鼻科にかかっているが、膿がとまらない。桂枝加黄耆湯を用い二週間で、排膿はやんだが、半年ほどこれをつづけ、かぜもひかなくなり、中耳炎も再発しない。
3,虫垂炎手術後の瘻孔
 二十八才の主婦、虫垂炎の手術をしたところ、半年後も、瘡口から分泌物が出て、口がふさがらない。医師は、今一度手術をする必要があるというが、手術をしたくないので来院。腹診するに、腹部はやや膨満していて、手術の瘡口のまわりに抵抗と圧痛がある。瘻孔は鉛筆の芯が通くらいものである。私はこれに帰耆建中湯を与えたところ、十日ほどたって糸切れのようなもの出て、瘡口は完全に癒合した。

                                  大塚敬節


54.〔方名〕五苓散(ごれいさん)
〔出典〕傷寒論、金匱要略。
〔処方〕沢瀉5.0g 猪苓、茯苓、朮各3.0g 桂枝2.0g
〔目標〕1,汗が多く出て、のどが乾き、尿の出が少ないもの。
2,熱があって、のどが乾き、汗が出ず、尿のでもわるく、水を飲むとすぐ吐くもの。
3,吐いたり下したりして、のどが渇き、尿の出がわるく、からだの痛むもの。
4,のどが渇いて水を飲んでも尿の出が少なく、浮腫のあるもの。
5,動悸、息切れがあって、のどが渇き、尿の少ないもの。
〔かんどころ〕口渇と尿量の減少があれば先ずこの方を考える。
〔応用〕感冒。急性胃腸炎。腎炎。ネフローゼ。心不全。クインケの浮腫。頭痛。三叉神経痛。
〔治験例〕1,感冒
 二歳の男児、感冒にかかり熱があったので、かぜ薬をのましたところ、汗が流れるように出て、くったりしてしまった。しばらくすると、水をほしがるので、お茶をのましたところ、お茶をのみこんだと思ったら、すぐに吐き、また水をほしがる。汗は全くやみ、尿も出ないという。五苓散末を重湯でのましたところ、一服で口渇がやみ、嘔吐もおさまり、三十分ほどたつと、汗ばみ、尿がどっさり出て、熱がさがった。
2,頭痛
 三十九才の婦人、常習頭痛があり、毎日頭痛止めの薬を飲んでいる。そのため胃の方もよくない。肩からくびにかけてこり、ひどく頭痛のする時には吐く。はじめ呉茱萸湯を与えて、軽快したかに見えたが、全治しない。口渇の有無をたずねたが、ひどくはないが、水っぽいものがほしいという。尿も少ないようである。検尿したが、蛋白はない。そこで五苓散にしたところ、さっぱりと頭痛がやんだ。
3,クインケの浮腫
 クインケの浮腫のある婦人に、越婢加朮湯、麻黄加朮湯、防已黄耆湯、当帰芍薬散などを用いて効無く、最後に、五苓散で著効を得、また同病の患者にこの方を用いて著効を得た。口渇も尿の減少もなかったが、よくきいた。

                                  大塚敬節

55.〔方名〕三物黄ゴン湯(さんもつおうごんとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕黄ゴン2.0g 苦参2.0g 地黄4.0g 
〔目標〕分娩の時に、細菌の感染を受けて、発熱し、四肢が煩熱をおぼえるもの。
〔かんどころ〕四肢の煩熱と、乾燥。
〔応用〕産褥熱。不眠症。皮膚病。とこずれ。
〔治験〕1,みずむし(汗疱状白癬)
 一婦人、水むしだといって、診を乞うた。その状尋常のものと異なり、足のかかとの部分の表皮が増殖して、硬く、それが乾燥して痛み、歩くのにも困るという。すでに数年間、いりいりの治療をしたが、どうしても治らないという。
 患者の体格は頑丈な方で、筋肉の緊張よく、腹力もある。私はこれに三物黄ゴン湯を与え、これを内服せしめるとともに、この液で患部の温罨法をするように命じた。
 十日後の再診では、患部にしめりが出て、皮膚がやや軟らかくなった。よって、この方法をつづけること三ヶ月で全治した。
 その後また一老人の同様の病状のものに、この方を用いて治することができた。
2,膿疱掌。
 一男子、左右の掌の拇指を中心にして、発赤腫脹し、その表皮を透して、マッチの点火部位の大きさ位の灰色のものが無数に見える。発病数ヶ月、皮膚科の治療によって、好転しない。患部は僅かにかゆみがあるが、ほとんど苦にならないという。患部には熱感がある。
 私はこれに十味敗毒湯加連翹を用いた。服薬一ヶ月、寸効無し。そこで三物黄?湯に転じたところ、十日の服薬でほとんど全快。あと十日で全治した。
3,褥瘡。
 一老人、脊髄炎で臥床中、臀部に掌大の褥瘡を生じて、ますます拡大する。そこで紫雲膏を患部につけてみたが、はかばかしくない。よって三物黄ゴン湯の煎汁で、一日三回患部を洗い、そのあとに紫雲膏をぬったところ、急速に軽快した。
 褥瘡になりかけのものには、三物黄ゴン湯の湿布をしてのち、紫雲膏をぬっておけば効がある。

                                  大塚敬節
※三物黄ゴン湯のゴンは艸(くさかんむり)に今

56.〔方名〕四逆湯(しぎゃくとう)
〔出典〕傷寒論。金匱要略。
〔処方〕甘草3.0g 乾姜2.0g 附子1.0g
〔目標〕1、この方は四肢の厥逆を回復せしめる薬方であるから、もとは囘逆湯と名づけたのであるが、伝写の誤りで四逆湯となった。
2,誤治を重ねて、発汗を禁忌とするものを更に発汗せしめて手足が厥冷したもの。
3,嘔吐、下痢がはげしく、足が厥冷し、脈微弱となったもの。
4,体表に熱があって、裏に寒があり、完穀下痢する者、脈が浮いて遅である点に注目。
5,ひどく汗が出て、しまも熱が下がらず、腹がひきつれ、四肢もひきつれ痛むもの。6,下痢しているのに、腹が張り、手足が冷え、脈が弱いもの。
〔かんどころ〕四肢の厥冷と脈(沈微、沈遅弱、浮遅弱)に注意。
〔応用〕感冒。流感。肺炎。急性吐瀉病。疫痢。自家中毒。虫垂炎。
〔附記方名〕1,通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)
 この方は四逆湯中の乾姜を倍とし、前方よりも、更に重篤のものに用いる。
2,四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう)
 四逆湯に人参を加えたもので、急激のはげしい出血に用いて著効を得た。
3,茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)
 四逆加人参湯に茯苓6.0gを加えたもので、四逆湯証にして、煩躁の甚だしいものに用いる。
〔治験〕高熱
 一男子、病名不明の高熱が二日前からあり、はじめ感冒だろうと、市販のかぜぐすりをのんだ。これで発汗して、やや下熱の傾向を示したが、また前よりも体温は上昇して、三十九度四分となった。そこで漢方の先生が麻黄湯を用いた。すると体温は四十度となり、煩躁状態となり、僅かに口渇を訴えるようになった。そこで大青竜湯を与えたところ、煩躁はますます甚だしく、手足は厥冷し、脈は洪大となった。そこで四逆湯を用いたところ、煩躁やみ、夜半より少しずつ下熱し、翌日、下痢があり、夕方平熱となった。
                                  大塚敬節
 
57.〔方名〕炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕甘草4.0g 生姜、桂枝、麻子仁、大棗、人参各3.0g 地黄、麦門冬各6.0g 阿膠4.0g
〔目標〕1,永く続いた熱が下がってから、脈がうち切れし、動悸を訴えるもの。
2,疲れやすく、汗がよく出て、脈がうち切れし、動悸するもの。
〔かんどころ〕息切れ動悸を主訴とし、疲れやすい。
〔応用〕バセドー病。心不全。高血圧。
〔治験〕1,バセドー病
 バセドー病には炙甘草湯で、軽快または全治するものが多い。
 一婦人、年二十五、あと六ヶ月で結婚式をあげることになっているが、この頃、やせてきたし微熱もあるので、肺結核を心配して、某病院で診をうけたところ、バセドー病だから、手術をした方がよいと云われた。
 患者は手術をせずに治る方法はないかと、漢方治療に期待をもって来院した。
 一見して右の甲状腺肥大が眼につくが、あまり著しい腫脹ではない。上肢を伸展せしめると、指がふるえる。眼瞼は大きくはなっていないが、まばたきは少ないようである。脈は一分間百十五指、時々結代する。皮膚は汗ばんで油をぬったようである。臍上で動悸が亢進している。口渇があり、食はすすむ。大便は一日一行、月経正調。
 炙甘草湯を与える。十日ののち来院。効験たちまち現れ、動悸、息切れが軽快し、四谷駅から当院まで、休まずに歩くことができたと喜ぶ。三ヶ月後は、甲状腺の肥大も、目だたなくなり、脈拍も八十内外となり、体重も四kgを増し、平生と変わらなくなり、近く結婚式をあげる運びとなった。
2,高血圧症。
 一男子、四十九才。動悸、息切れを主訴として来院。患者は、顔色黒く、やせ型で、脈拍一分間九十二至、血圧186/100、臍上の動悸が著しい。夜間多尿あり、口渇もある。尿中蛋白陽性。柴胡加竜骨牡蛎湯を用いる。気持ち悪くて、のめないという。炙甘草湯に転方。動悸、息切れ軽快。服薬一ヶ月後、夜間の多尿やみ、安眠するようになり、血圧も安定した。
             
大塚敬節

58.〔方名〕真武湯(しんぶとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕茯苓5.0g 芍薬、生姜、朮各3.0g 附子1.0g
〔目標〕1,真武湯は、もとの名を玄武湯とよび北方の守護神である玄武神にかたどって名づけたものである。
2,発汗後、熱が下がらず、みずおちで動悸がし、めまいがし、からだがぶるぶる振るい、倒れそうになるもの。
3,下痢がつづき、腹の痛むこともあり、小便の量も少なく、冷え性で、四肢が重くだるく、痛むもの。
〔かんどころ〕熱のある患者に用いる場合(傷寒)と、一般雑病に用いる場合とで、かんどころが、ちがう。熱のある場合には、少陽病の熱型に似ていて、小柴胡湯証にまぎらわしいことが多い。そこで小柴胡湯証と診断して、小柴胡湯を用いて効のない時は、真武湯を考えるがよい。一般雑病では、下痢が止まらないものを目標とする。しぶりばらではなく、腹痛も軽く、水様の下痢で、軟便のこともある。とかく腹力弱く、気力の乏しいものを目標とする。
 真武湯をめまいに用いる例はまれである。
〔応用〕感冒。流感。腸結核。慢性下痢。胃下垂症。じんましん。老人性掻痒症。腎炎。虫垂炎。
〔治験〕下痢
 真武湯症の下痢は、多くは慢性の経過を取り、一日、二、三行から四、五行のものが多く、一昼夜三十行というようなものはないとばかり考えていたが、最近急性の下痢症で、一昼夜に三十行という患者に用いて著効を得た。患者は私の義母で八十二才。平素は胃腸が丈夫で下痢などしたことはなかったが、昨年十二月上旬、突然に下痢が始まった。
 初日は四,五行の下痢で腹痛もなく、元気であったので、食あたりだろうといって、平胃散を与えた。ところがその夜は十二行の下痢があって、便所にばかり通ったというので、人参湯を与えた。すると、下痢はますますはげしく、次の日の午前十時頃までに二十八行の下痢があり、歩けなくなった。脈は洪大で、舌は乾燥し、食思全くなし。そこで真武湯を用いたところ、一貼で下痢減じ、三貼で、下痢やみ、食思出で、三日で全治した。

                                  大塚敬節

59.〔方名〕清暑益気湯(せいしょえっきとう)
〔出典〕医学六要
〔処方〕人参、朮、麦門冬各3.0g 五味子、橘皮、甘草、黄柏各2.0g 当帰、黄耆各3.0g
〔目標〕夏の暑さに負けて、手足がだるく、からだに熱感があり、小便の量が少なく大便は軟便または下痢で、食欲がないもの。
〔かんどころ〕手足がだるくが、気力がなく、小便は少なくて濃厚で、夏になると病状の憎悪するもの。
〔応用〕夏まけ。肝炎。
〔治験例〕肝炎。
 肝炎には、小柴胡湯、大柴胡湯、茵チン蒿湯、茵チン五苓散などを用いる場合が多いが、清暑益気湯がよく効いた例を報告する。
 患者は六三才の男子。無口でおだやかな紳士。主訴は、疲労、倦怠感である。
 脈は緩で、舌には少し苔がある。腹診上、胸脇苦満はないが、深呼吸によって、僅かに肝の辺縁を触知する。腹直筋の緊張なく、腹部は弾力に乏しい。下肢に浮腫がある。血圧120/76である。大便は一日一行で、下痢はしない。食欲はあるが、進む方ではない。口渇はない。尿のウロビリノーゲン反応は、強陽性である。
 口渇があれば、茵?五苓散を用いたいところだが、口渇がなく、疲労、倦怠が主訴である。四君子湯にしてみようかとも考えたり、補中益気湯にしてみようかと考えたりしたが、ちょうど七月下旬の暑い日であったので、清暑益気湯を用いてみた。
 これをのむと、十日後には、疲労、倦怠が減じ、下肢の浮腫もとれた。食もすすむようになった。一ヶ月後にはウロビリノーゲンの反応も正常となった。
 ところが、この患者は、その後も、仕事が忙しいと、下肢に浮腫が現れ、疲労がはじまる。そんな時には、この清暑益気湯を用いると、必ず効くが、他の方剤では効がない。冬でも秋でも、季節にかまわず清暑益気湯を用いるが、それで結構きく。
 この患者にヒントを得て、この方を時々肝炎に用いるが、案外この方の応ずる肝炎のあることを知った。むかし夏まけとよんだものには、肝炎が含まれていたのではあるまいか。

                                  大塚敬節

60.〔方名〕治頭瘡一方(ぢずそういっぽう)または大キュウ黄湯(だいきゅうおうとう)ともいう。
〔出典〕勿誤薬室方函
〔処方〕忍冬3.0g 紅花2.0g 連翹、朮、荊芥各4.0g 防風、川キュウ各3.0g 大黄2.0g 甘草1.5g
〔目標〕俗にいう胎毒を治する目的で創製せられたもので、主として頭部、顔面の湿疹に用いる。
〔かんどころ〕乳幼児の湿疹で結痂を作るもの。便秘に注意。
〔応用〕湿疹。脂漏性湿疹。
〔治験〕湿疹
 俗に胎毒とよばれる乳児の湿疹には、この方の応ずるものが多い。湿疹に結痂が厚くて、汚いものには、桃仁を加え、口渇の甚だしいものには石膏を加える。
 分量は一才以下の方は、上記分量の四分の一から五分の一を用いる。
 患者は生後六ヶ月の乳児。頭部、顔面、腋下、頸部、臀部に湿疹がある。膝関節の内側にも少し出ている。かゆみがひどくて安眠しない。頭部の湿疹は痂皮を結び、汚いが、他の部には痂皮をみない。
 腹部は膨満し、血色はよい。便秘の気味で、浣腸しないと中々快便がない。
 私はこれに治頭瘡一方を用い、大黄0.1gを入れた。半月ほどたつと、やや軽快したが、二、三日休薬すると、また憎悪する。二、三ヶ月たつと大黄0.1gでは便秘するので0.2gとする。これで毎日二,三行の便通があると、湿疹の方は軽快するが、便秘になると、憎悪する。
 五ヶ月後には、全治したかに見えたので、一ヶ月あまり休薬した。すると、またぼつぼつ出てくる。こんな風で、一カ年ほど連用して全治した。
 この方を婦人の脂漏性湿疹に用いて効を得たことがあった。ひどい痂皮とふけで、かゆくて安眠できなかったものが、この方を用いて三ヶ月ほどで全治した。便秘がひどかったので、大黄は一日量8gを用いた。
                                  大塚敬節
 ※キュウはくさかんむりに弓。