「漢方精撰百八方」 5

41.〔方名〕三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕大黄2.0〜5.0 黄ゴン4.0 黄連4.0
 振り出しとして用いる場合には、三味各1.0を100ccの湯にて、三分間振り出し、一回に頓服する。  
〔目標〕証には、心気不足(精神不安)、心下痞し、之を按ずるに軟なる者、とある。
即ち、心下がつかえ、胃部膨満、停滞感があり、充血の状強く、上衝気味で、精神不安があり、心下部は軟で、舌苔黄色、便秘の傾向があり、吐血、衂血、その他の血証があり、脈が充実しているものに適用する。
〔かんどころ〕上衝、充血の状があり、心下がつかえた感じだが、按じてみると軟らかいもので、吐血、衂血等の血証があるものに広く用いられる。
〔応用〕
(1)脳充血、脳出血、動脈硬化症、血圧充進症等で、脈浮大、充実しているもので、目標に示す如き症状があるもの。
(2)吐血、衂血、喀血、その他の出血症で、精神不安があり、目標の如き症状のあるもの。振り出したものを冷服するとよい。
(3)歯痛、歯齦腫脹、口内炎等で、上衝、顔面紅潮するもの。
(4)痔の疼痛、出血にも用いられる。
(5)火傷後の発熱で目標の症状のあるもの。
(6)宿酔、又は車酔いで、上衝、顔面紅潮の傾向のあるものに、振り出しにして用いる。
(7)熱性黄疸で、全身黄なるものに茵陳(本来の字はくさかんむりに陳)を加えて用いる。
(8)眼科疾患で、上衝があり、結膜炎等の充血症状著明なもの。
〔治験〕五十五才の農夫。体格中等、血圧少し高いが服薬をするほどではない。数日来、衂血があり、西洋医学的治療を受けているが止まらないという。手が空かなかったので、三黄瀉心湯を振り出しとして与え翌日往診する。三服の振り出しで、衂血は完全に止まっている。血圧降下剤を注射していて、血圧160〜100凡らく衂血のあった当初は相当高かったと思われる。
 衂血があって脳出血を防ぎ得た例は多い。年輩者の衂血は、高血圧を一応考慮すべきである。この際、瀉心湯が用いられることが多い。
  伊藤清夫
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕柴胡6.0 黄ゴン、芍薬、大棗各3.0 半夏4.5 生姜3.0 枳実2.0 大黄1.0〜2.0
〔目標〕証には、小柴胡湯証で、腹満、拘攀し、嘔劇しきもの、熱結ばれて裏にあり、復って往来寒熱するもの等、とある。
 即ち、柴胡の証があるもので、少陽から少しく陽明にかかって来たもので、脈は沈実か沈遅、舌に黄苔あり、乾燥し、食欲減少、便秘の傾向が多く、悪心、嘔吐があり、胸脇苦満が著しく、心下部の抵抗、圧痛強く、直腹筋の連休が強い等の症があるものに適用する。熱候の無い者にも用いられ、大柴胡湯型と言われる体力の充実したものに適用されるが、一見大柴胡湯の適しない如くで、著効を得る場合がある。虚実の判定は、外見のみによるものではない。
〔かんどころ〕胸脇苦満が著しい、(右の季肋部に強いことが多い)、更に心下痞?、嘔吐、舌黄苔、便秘、腹直筋の攀急、があるものを目標とする。発熱がある場合は、弛張熱から稽留熱へと移行し、往来兼熱を示し、便秘し、胸脇苦満があるものに適用される。

〔応用〕最も頻用される薬方の一つで、応用範囲が広い。一言でその適用を言えば、柴胡剤を用いる場合で最も実した場合と言える。
(1)諸種の下痢性疾患で、心下がかたくつかえて苦しく、時に嘔吐を伴うもの。この際大黄を加減するが、大黄が少なすぎると却ってうまく下痢が止まらない事がある。
(2)胆石症、胆嚢炎、及び諸種の黄疸等で腹痛、嘔吐があり、脈沈実なるもの。症状の劇しいもの、渇があるもの等には石膏を5.0〜10.0加える。胆石症等の場合は、渇がなくても石膏を加味した方が効果がある。
(3)肝炎、肝硬変にも(2)に準じて用いる。
(4)耳鳴、耳聾で胸脇苦満、又は膨満感のあるものに適用する。加石膏にして効を得ることが多い。
(5)フルンケル、及びその類症、中耳炎、副鼻腔炎等の化膿性疾患で、胸脇苦満があり、便秘のあるものに適用する。
(6)胃疾患で、便秘の傾向があり、胸脇苦満や、嘔気のあるもの。
(7)小児の吐乳症等で、心下が硬いもの。
(8)急性、慢性の腸カタル、赤痢、大腸カタル等で目標の如き症状を具えるもの。
 右のように各種疾患に用いられるが、体質改善の役割をも兼ねて、高血圧症、脳出血後の半身不随、喘息、肥胖症等に好んで用いられる。
 高血圧症には、柴胡加竜骨牡蛎湯とともに最も屡々用いられる。単方で用いられることも多いが、桂枝茯苓丸、当帰芍薬散等の駆?血剤と兼用、合方として用いられることも多い。
 喘息には、単方でも効を得ることがあるが、半夏厚朴湯等と合方して著効を得ることがある。
 肥満して胸脇苦満があり、息苦しいといういわゆる大柴胡湯型の人々には、大柴胡湯はありがたい薬方であるが、やや痩せていて、胸脇苦満も著しくなく、肩こり、胃部圧迫感のあるもので、小柴胡湯より、大柴胡湯(時には去大黄にする)を用いて、疲労がとれ体力も増進する例があるので、注意すべきである。
 感冒で数日を経て、舌黄苔、胸脇苦満強く、便秘し、熱はやや潮熱の傾向をおび、解熱剤を用いても熱が下がらないものに、大柴胡湯を用いて通じを得れば、一、二日で軽快する場合があるが、これが大柴胡湯証の一典型であろう。
                                  伊藤清夫
〔出典〕傷寒論
〔処方〕甘草2.0 枳実2.5 柴胡5.0 芍薬4.0
〔目標〕証には、四肢厥冷し、咳嗽、動悸、小便不利、腹痛し、或いは泄利下重する者、とある。
 即ち、四肢厥冷し、胸腹部が微満し、腹痛、下痢の傾向があり、また咳嗽、心悸亢進、小便不利、不定愁訴等のあるものに適用する。
 更に別の表現をすれば胸脇苦満、腹直筋の攀急があり、大柴胡湯と小柴胡湯との中間に位する薬方である。
〔かんどころ〕大柴胡湯の腹証に似ていて、やや虚しているもので、腹直筋の攀急が著明なものである。柴胡加竜骨牡蛎湯証に似た神経症状があることもある。
〔応用〕
(1)熱候がないか、又は熱候が著しくなくて下痢し、微痛があり、胸脇苦満あり、手足に冷感があるもの、脈沈緊。
(2)胆嚢炎、胆石症で、目標の症状をあらわすもの。
(3)副鼻腔炎。胸脇苦満、腹直筋の攀急あるもの。
                                  伊藤清夫


44.〔方名〕当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕当帰2.0 芍薬6.0 茯苓、白朮各3.0 沢瀉5.0 川キュウ2.0
〔目標〕証には、婦人妊娠して、腹痛し、小便少なく、冒眩し、手足寒冷なる者、とある。
 しかし一般には、妊娠に関係なく、男女ともに、オ(やまいだれに於)血症状のあるもので、陰虚証に属していて且つ水毒症状を帯びるものに適用される。
 即ち、貧血、手足寒冷、小便不利、或いは頻数、心悸亢進k眩暈、頭重、腹痛、軽度の浮腫があり、左腹直筋の攀急するものに適用される。女子では帯下、子宮出血がある。
 左腹直筋の攀急があるといっても、腹力は桂枝茯苓丸証よりは虚していて、時には腹直筋の攀急が認められず、腹全体が軟弱な場合にも適用される。実際には本方証と桂枝茯苓丸証と区別しにくい場合もあるが、本方証は症状が沈滞的傾向を帯び、桂枝茯苓丸証は、より流動的で、上衝傾向が強いように思う。
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〔かんどころ〕いわゆるオ血の臍傍の圧痛点の存在、出血傾向、鬱血傾向等のオ血症状があり、更に浮腫、尿利異状、心悸亢進、眩暈等のある陰虚証のものに適用される。
〔応用〕駆オ血剤としては、桂枝茯苓丸と共に最も頻用される薬方である。特に婦人の虚状を帯びたオ血症状にはよく用いられる。また柴胡剤との兼用、合方でもよく使われる。大柴胡湯と合方するような場合もあるが、この場合は、水毒症状を兼ねたオ血症状を目標として用いるので、必ずしも虚状が著明とはかぎらない。兎に角、応用範囲の広い薬方である。
(1)妊婦の腹痛で、下腹部が攀急し、尿利が減少するもの。妊娠中毒症の傾向があり、浮腫があるもの。
(2)産後で、眩暈、貧血、四肢寒冷、軽度浮腫、尿利減少するもの。
(3)出産時、弛緩性出血が強いものに、出産前数週間本方を連用する。習慣性流産。
(4)平常、手足に冷感を覚え、頭重、眩暈、子宮出血、月経異状があるもの、月経はどちらかと言えば早くなりがちで、量が多い傾向である。その点桂枝茯苓丸証はその反対の傾向にあると思われる。
(5)痔疾で出血を伴うもの、便秘の傾向が在れば加大黄にする。
                                  伊藤清夫


45,〔方名〕半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕半夏8.0 厚朴3.0 茯苓、生姜各4.0 乾蘇葉2.0
〔目標〕証には、咽中に炙臠あるが如く、或いは嘔し、或いは心下悸するもの、とある。
 咽喉内にあぶり肉の小片が付着しているような感じがあり、嘔吐、動悸、浮腫、尿利減少、咳嗽等の水毒症候と神経症状とがある者で、脈浮弱、又は沈細のものに適用される。
 弛緩性体質の者で神経症的傾向があり、平素胃腸虚弱の者、心下部は膨満する傾向の者。
〔かんどころ〕第一の目標は咽中炙臠感であろう。梅核気とも言う。咽中に何かひっかっかったような感じである。ヒステリー症状でもこれがあるし、痰が出にくい咳嗽状態でもおこる。弛緩性体質で神経症的傾向があるものにおこりやすい。
〔応用〕応用範囲の広い薬方で、神経症状を主目標として用いる場合と、水毒症状を主として用いる場合とあるようである。単方でも用いられるが、合方でもよく用いられる。
(1)食道狭窄及びその類症、胃症状が伴うことが多い。真性の食道狭窄にはあまり効果がないように思う。
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(2)ヒステリー性咽喉絞窄感、ヒステリー球が下から昇ってきて咽喉につまる感のものには著効があることがある。神経質で胃症状のあるものが多い。
(3)咽頭及び気管のカタル症状、のどがいらいらする、檪ったい感じを目標にする。
(4)気管支炎で咳嗽が劇しく、痰が切れにくくて比較的濃い場合、小柴胡湯との合方で用いて著効を得る時がある。
(5)嗄声、疲労して声が嗄れたり、声を使いすぎて嗄れたりする場合に用いる。ポリープや声帯に異状がある時は効かないようである。
(6)妊娠嘔吐。匂いに敏感な場合は、小半夏加茯苓湯の方がよく用いられる。
(7)百日咳、喘息、これには小柴胡湯との合方で用いられることが多い。大人の喘息で、大柴胡湯と合方して著効を得ることがある。
(8)胃腸虚弱証、胃アトニー、神経性胃炎。神経症的傾向のあるもので胃症状を訴えるものにはよく奏効する。?気が出やすくて心下部につかえ、胃部膨満感があるが、案じてはあまり固くなく、蛙の腹状の者に効果があるように思う。
(9)神経症、沈うる傾向のあるものに効果的のように思う。時に桂枝茯苓丸を兼用する。


〔出典〕金匱要略
〔処方〕茯苓5.0 人参3.0 白朮4.0 枳実2.0 橘皮3.0 生姜3.5
〔目標〕証には、心下痞硬(本来の字は革に更)して悸し、小便利せず、胸満して自ずから宿水を吐し、胸痞、食すすまざるもの、とある。
 則ち心下部に停滞、膨満感が強く、胃中にたまった水を吐き、尿利が減少し、心悸が亢進するものに適用される。
 更に胃症状をあげれば、呑酸、ソウ囃(ソウの字は口へんに曹)があり、食欲不振、悪心、胃痛等がある。便通は、秘結したり、下痢したりして定まらず、腹部は軟であるが、心下部にやや抵抗を感じるものに適用される。
〔かんどころ〕心下部に停滞感があり、膨満感が強く、吐きやすい。それに、胸焼け、嘔気、食欲不振等の胃症状があるもの。
〔応用〕水毒症状が胃症状に強くあらわれ、胃下垂、胃アトニーの傾向で、宿水を吐したり、胃内停水、心下痞硬等がある胃疾患に用いられる。
(1)慢性の胃炎等で、目標の如き症状のあるもの、例えば、吐き易い、胃部停滞、膨満感があるものに適用される。
(2)胃下垂、胃アトニー胃拡張等で、目標の如き症状のあるもの。
(3)胃神経症
(4)脚気で前記の胃症状があるもの。証により呉茱萸湯を合方する。
(5)胆石症、目標の如き症状あるもの。証により、茵陳(本来はくさかんむりに陳)、或いは半夏を加える。
(6)小児の乳食消化せず吐くもの、百日咳等で咳き込む事の強いもの等に、半夏を加えて用いる。
〔治験〕三十五才男子。筋ばっていてやや痩せ型。胃の具合悪く、時々痛み、少し多く食べるとすぐつかえる。吐き易く、吐くと楽になるという。仕事が出来ず、神経的になり、ぶらぶらしている。脈沈、下腹部はやや軟弱であるが、心下部はややかたい。食事に注意し、茯苓飲を投与。三週間で痛みが消失、全身状態もよくなり、更に服薬を続けて、元気恢復、新しい仕事をはじめた。
                                  伊藤清夫


47.〔方名〕茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕茯苓6.0 杏仁4.0 甘草2.0
〔目標〕証には、心下悸し、胸中痺し、短気喘息する者、とある。
 即ち、心下が動悸し、呼吸促進し、喘咳があり、胸内塞がるが如き苦悶を感じ、脈沈微なる者、に適用される。
〔かんどころ〕動悸が劇しく、呼吸が迫り、又喘咳を伴い、胸がしめつけられるように苦しいもの、即ち劇しい時は心臓性喘息の発作時の症状であり、軽い時は心臓神経症で動悸が強く感じられる状態のものに適用される。
〔応用〕かんどころにあげた様な症状を目標にして、次のように用いられる。
(1)心臓性喘息等で脈沈微なる症。
(2)軽症狭心症、及び其の類症。
(3)心臓神経症
(4)軽症心臓弁膜症
(5)肺気腫及び其の類症
〔治験〕二十才の女子。心臓弁膜症があったが、農家で、畑仕事等を手伝っていたが支障がなかった。突然動悸を強く感じ、動けなくなり、臥床して一ヶ月になる。医治をうけているが、効果がないという。往診してみるに、寝ていて頭が動くほど動悸が強く、呼吸は短く息苦しいという。時々喘咳を伴う。脈は数、弱であるが沈ではない。腹力は中等度、心下にも動悸が強いが、かたくはない。本方を与えて二週間、漸次動悸がおさまり、床の上に坐れるようになった。更に二週間服薬したが、入院を希望し、服薬中止。動かしたためと、入院による環境変化で悪化、その後一時よくなり、退院したが、死亡した由。この例の様な、劇しい症状の時、一時的に効を得ることがある。
 次の例は、三十二才の女子。心臓弁膜症があり、脈結滞、時に動悸劇しく息苦しくなる。痩せて虚弱で、仕事が出来ない。腹やや軟弱、わずかに胸脇苦満あり、臍傍に悸が著しい。脈やや沈弱、結滞がある。疲れると上気し、頭より上に汗が出やすい。
 柴胡桂枝乾姜湯に茯苓4.0杏仁2.0を加えてこれを持続すること二ヶ月、心悸、漸次おさまり、体力も増し、普通に仕事ができるようになる。脈の結滞も減り、その後異状がない。
                                  伊藤清夫
〔出典〕金匱要略
〔処方〕防已、黄耆各5.0 甘草1.5 朮、生姜、大棗各3.0
〔目標〕証には、水病、身体疼重し、汗出でて悪風し、小便不利のもの、とある。
 水腫があって、身体が重く感じ、重だるく痛み、発汗の傾向があり、悪風し、尿利が減少し、陰証のもの。脉は主に浮弱。
 いわゆる水太りで、水毒があって、表が虚している者であるが、防已茯苓湯の場合は、肌表に水毒うっ滞がある者で、本方証では、表にも裏にも水毒があるものである。
〔かんどころ〕水ぶとり状で水腫があり、腰以下が腫れる傾向があり、虚していて疲れやすく、発汗傾向が強く、身体が重だるく、小便不利、減少する者、を目標にする。
〔応用〕目標にあげた様な症状があるもので次のような疾患に応用される。
(1)貧血性疾患で、水ぶとりの感があり、下肢に微腫があり、脚弱の傾向のある者。
(2)リウマチ、或いは関節炎で、発汗しやすく四肢に微腫があり、冷感があり、脉細弱、浮弱の者。
 水腫の関節炎には、麻黄3.0 附子(1.0~2.0)を加えて更に効果がある。このような場合、水ぶとり状の体質でなくても、局部の腫脹の状態を目標として適用される。
(3)水ぶとり状の肥胖症で、多汗な者。
〔治験〕三十八才男子。やや肥満型の色白の男子、歯科医で立ち仕事が多く、左膝関節が以前より痛む事があったが、数日前から、やや熱感があり腫脹して来たという。夏は発汗しやすく、汗かきである。起居に疼痛を伴う。防已黄耆湯に麻黄2.0附子1.0を加えて投与。七日間の服薬で、腫脹、疼痛ともに消失。爾後、仕事が多く、過労になると左膝関節に異状あるが、時々、防已黄耆湯加附子を与えているうち、体質的にも改善され、疲れが減り、夏の汗の出方も減り、ゴルフをしても痛む事がなくなった。
                                  伊藤清夫


49.〔方名〕茵陳蒿湯(いんちんこうとう)

〔出典〕傷寒論。金匱要略。
〔処方〕茵陳5.0 梔子3.0 大黄1.0
〔目標〕1.熱があって便秘し、頸から頭の方にだけ汗が出て、のどが乾いてのむのに、小便の出が少ないもの。こんな場合には、二、三日たって黄疸になるおそれがあるが、黄疸の有無にかかわらず、この方を用いる。
2.熱が出て、かぜかと思っているうちに、からだが黄色になった。気をつけてみると、小便の出が少なく、腹がはって、大便の色が灰色で、少ししか出ない。
3.さむけがしたり、熱が出たりして、食欲がない。たべるとめまいがし、胸の気持ちがわるく、吐きそうになる。そのうちにからだが黄色になった。
〔かんどころ〕腹がはる。殊に上腹部がいっぱいつまった感じで、たべたものが落ちつかず、吐きそうである。便秘と尿の不利と口渇をたづねてみて、これがそろえば、この方の適応症と考えてよい。殊に尿の着色がひどくて、濃厚で、からだをかゆがれば、この方を用いてよい。腹証上、心下のつかえがあり、肝の肥大を証明することがあるが、肝の肥大がなくても用いる。
〔応用〕肝炎。じんましん。ネフローゼ。腎炎。
〔附記方名〕急性肝炎の場合には、茵陳蒿湯だけで奏効することが多いが、慢性肝炎、肝硬変症には、小柴胡湯合茵陳蒿湯、大柴胡湯合茵陳蒿湯を用いた方がよいと思われるものがある。
〔治験例〕じんましん。十七才の男子、一ヶ月ほど前から、じんましんが出て治らない。食欲はあるが、胸がつまった感じでさっぱりしないという。大便は毎日あるが、今までより量が少なく硬く、快通しない。
 腹診上、胸脇苦満は軽微、心下やや満。この患者の、胸のつまった感じは、梔子の入った方剤を用いる目標の「胸中塞がる」の状に相当するものである。
 そこで胸のつまるという症状と便秘を目標に、茵陳蒿湯を用いたところ、七日分で全治したが、あと七日分追加投与した。じんましんの消失とともに、胸のつまる感じも亦よくなったこと勿論である。

                                  大塚敬節
※茵陳蒿湯の陳の漢字は、本来はくさかんむりに陳である。


50.〔方名〕茵陳五苓散(いんちんごれいさん)

〔出典〕金匱要略
〔処方〕茵陳蒿を粉末にしたもの2.0五苓散末1.0に混和して、一日三回に分けてのむ。また煎剤として用いてもよく、この場合は、茵?4.0 沢瀉5.0 猪苓、茯苓、朮3.0 桂枝2.0を一日分とする。
〔目標〕この方は、金匱要略に、単に「黄疸は茵陳五苓散之を主る。」とだけしか出ていないが、すべての黄疸がこれで治るわけではない。五苓散を用いるような目標があって、黄疸のあるものに用いると思えばよい。
〔かんどころ〕口渇、小便不利があって、黄疸のあるもの、便秘があれば、茵陳蒿湯を考える。
〔応用〕肝炎。ネフローゼ。腎炎。浮腫。月経困難症。
〔治験例〕1.急性肝炎
 八才の男児。三日前に突然、腹痛を訴えて食事を吐いた。医師は虫垂炎だろうと診断して、冷罨法と安静を命じた。翌日には、悪心、嘔吐の他に、口渇もあり、尿に蛋白が出るので、腎炎だと診断したという。三日目にわたくしが往診した時には、腹痛はなく、口渇と、食欲不振があり、体温が三十八度ほどあった。腹診するに、腹部はやや膨満し、どこには圧痛はない。尿はひどく着色して、一見しても黄疸がやがて現れるであろうことが推測できたので、二、三日中に黄疸になるが、これを飲んでおれば軽くてすむだろうと云って、茵陳五苓散を与えた。
 これをのむとその夜より尿が多く出るようになり、翌日は食欲が出た。口渇もやんだ。黄疸も軽微で、そのまま十日もたたずに全治した。
2.ネフローゼ
 二十才の女子。六ヶ月ほど前に、突然ひどい浮腫が来て、ネフローゼと診断せられ、某病院に入院したが、一旦消失しかけた浮腫は、更にひどくなり、眼瞼がふさがるほどになった。尿量は一日に200ml程度で、口渇があるという。よって担当の医師の求めに応じて茵?五苓散を用いたところ、漸次尿量増加し、口渇やみ、一ヶ月ののちには、全く浮腫が去った。
                                  大塚敬節
※茵陳蒿湯の陳の漢字は、本来はくさかんむりに陳である。