「漢方精撰百八方」 2


   11.[方名] 小柴胡湯(しょうさいことう)

[出典] 傷寒論
[処方] 柴胡4.0 半夏5.0 黄?3.0 人参3.0 大棗4.0 甘草2.0 生姜
[目標] 本方は少陽病の代表的薬方であつて、太陽病(カゼ症候群)の急性期が経過して病気が内臓に局所化する時期にあたるものである。腹証としての特徴は胸脇苦満といって肋骨弓下に指圧を加えると苦痛を訴え、自覚的には上腹部につまった感じのする場合、また口が苦いと訴えるもの、熱はあってもなくてもいいが、あれば高熱や弛張熱でなく、むしろ自覚的に熱感がふけさめするもの、更に一般に発作的症状を発するものに適する。
[かんどころ] まず胸脇苦満の腹証があれば本方の適応である。ただその場合全身症状として食慾がないとか、体がてきぱきしないなどの少陽病の症状に注意することである。

[応用] 感冒の急性期を過ぎても熱の下らないものにやると軽熱徴熱がとれる。
 肺結核や肋膜炎で微熱の続くのに本方をやると熱がとれるばかりでなく食欲が出て来て起きられるようになる。
 喘息の持病のある人に本方をやると体質が改善されて喘息が起きなくなる.。殊に小児喘息には本方証のものが多く、そんな場合にはエフェドリンなどを使わずに本方を続けるとなおってしまう。
 小児のアデノイドや扁桃腺炎などはまず本方でなおる。近頃は扁桃にビールスに対する抗体産成機能があることがわかり、小児マヒなども扁桃摘出をした子がかかりやすいといわれ出した。世の中には不要なものは何一つないのに人体にだけは扁桃や虫垂やなどの不要器官があると考えていたこの間までの医学的思想そのものが幼稚だったのである。扁桃にかぎらずむやみに手術云々という今日の医学もそろそろ反省期に入っているのではないだろうか。

 流行性腎炎というのがある。カゼと全く同じ症状で経過し、数日で下熱すると、その頃に血尿がはじまるもので、はじめて腎炎に気付く、そのような腎炎は少陽病に属するものなので、それに本方をやるとさんざん医者を手こずらせた血尿が翌日または二、三日で止まつた例が数例あり、数年後の今日に至るまで感謝されている。

 心臓の先天性奇形、ファロー氏四徴候で手術を指示されたものが本方をやって元気になり手術を中止した例もある。其の他、心悸亢進、顔面神経麻痺、三叉神経痛、高血庄症、低血圧症、月経困難症、無月経、胃下垂、視力減弱、蕁麻疹等々応用範囲に極まりない。

相見三郎著

   12.[方名] 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)

[出典] 金匱要略
[処方] 半夏6.0 生姜3.0 茯苓5.0
[目標] 本方は嘔吐する病症に適応するのであるが、嘔吐して水を飲みたがる者は本方の証ではない、それは五苓散の証である。本方は嘔吐するけれど水を飲みたがらないものである。つまり胃内停水のある嘔吐に本方を用いるもので、そのように胃内停水のあるものは目まいがしたり、動悸したりするものである。すなわち本方の渇は五苓散の場合とちがって、嘔いてはガブガブと水を飲むというようなのではなく、胃に水がたまると嘔くというような性質の嘔吐である。
 この証の解説(条文)をよく見ると、これは悪咀(つわり)の症状だということに気付くはずである。悪阻の場合は嘔くがむやみに水を欲しがるわけではなく、酸い夏みかんぐらいで渇をいやす程度である。
[かんどころ] 妊娠悪阻のような場合の嘔吐に用いる。

[応用] 妊娠悪阻、船酔い車酔いによる嘔吐、その他突然嘔吐するが特に原因病として認むべきもののない場合。また本方は眩暈がして、胸元のつかえるものに適する。更に暑気あたりなどで嘔くものにも用いられるが、そんな場合には苓桂朮甘湯が適する事の方が多い。
 胃下垂の患者で嘔くものには本方の他に沢瀉湯が用いられる。
 嘔気があっても、発熱があったり、悪寒がしたり、咳嗽や食欲不振があったりする場合にはむしろ小柴胡湯の方がよい。

 本方は悪阻によく効くが、悪咀に本方をやる場合、かえって嘔吐がひどくなる場合がある。これは瞑眩(めんげん)といって、薬がよくきいて病気がなおる過程の現象であってそれに驚いてやめてしまってはいけない。それが西洋医学的対症療法とちがうところである。
 本方は一般産科の処方にも登載されているものであるが、漢方の処方が一般の西洋医学の畑でも漸次採用されるようになることが望ましい。

[附記方名] 半夏散及湯(傷寒論)
 半夏5.0 桂枝4.0 甘草2.0
[応用] 本方に比較的便利な処方で、扁桃炎などで咽痛甚だしく水ものみこめないような場合、本方を飲ませるか、本方を含嗽剤として用いるとよい。

相見三郎著



    13.[方名] 大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)

[出典] 金匱要略
[処方] 大黄1.0 牡丹皮4.0 桃仁4.0 冬瓜子4.0 芒硝4.0
[目標] 腸癰(ちょうよう)とは腸に化膿巣が出来たり潰瘍が出来たりするもので、その場合には下腹部が腫れて抵抗を触れ、圧痛を訴える。その痛みは淋の如くで、尿道にまで放散する。しかし淋疾でないから尿利には異常がない。発熱、発汗、悪寒があっても、脈が遅くて緊張している場合には化膿性炎症が進んでいない時期だから本方で下せばよい。それによって血性便が下るかも知れないが心配はない。脈が洪数つまり頻数で大きくて力のないものは既に膿瘍をつくっている時用だがら下してはならない。
 本方の証はまさに虫垂炎の症状に一致している。すなわち急性発症の時用には本方で下せば治るが、化膿して腹膜炎を起こしたものには本方を用いてはならないのである。
[かんどころ] すべて下腹部殊に右側を触診して圧痛のあるものには本方を用いて大抵治効のあらわれるものである。

[応用] 虫垂炎。何と言っても本方の虫垂炎における効果は顕著である。わたし白身元来が外科専門医で虫垂炎は数百に及ぶ手術を経験しているが、虫垂炎そのものは殆んど手術しないでも治るものである。しかし西洋医学的には積極的な内科的治療法がないので、虫垂炎はすべて手術をすることになっているだけのことである。事実わたしの経験では虫垂炎で危篤に陥る例の大部分は、下剤の誤用(ヒマシ油など)で穿孔性腹膜炎を起こしたものであったが、本方で下す場合にはそのおそれがないから、頓挫的に虫垂炎を治すことが出来るのである。しかし激症の壊疽性虫垂炎や穿孔性腹膜炎は既に陰虚証になっているから本方を用いることは出来ない。しかし何といっても虫垂炎は外科的疾患であるから、手術の時用を失して後悔しないように注意すべきである。
 本方は駆瘀血剤の代表的なもので、瘀血性体質の人の病気で本方で治すことの出来るものは頻る多い。胆石も漢方では瘀血の一種と認むべきものであって、本方で治すことの出来る場合が多い。潰瘍性大腸炎で腸出血を起こしているものに本方をやって頓挫的に出血を止めた例がある。慢性大腸炎には本方の適応症が多い。本方で重症リウマチが全治した例がある。
 其の他、月経困難症、肋膜炎、肩こり、下痢、顔面や頭部の湿疹や粃糠疹等本方で治る者は頗る多い。

相見三郎著


    
14.[方名] 猪苓湯(ちょれいとう)

[出典] 傷寒論
[処方] 猪苓4.0 茯苓4.0 阿膠4.0 滑石4.0 沢瀉4.0
[目標] 本方は陽明病、すなわち腹部内臓の病気に適するものである。本方証は脈浮緊、咽が燥き、口が苦く、腹が張って喘息気味で、発熱して汗が出るが悪寒せずに熱が内にこもるもの、身体がものうく、発汗剤を使うと却って副作用が出て容態が悪くなり、うわごとを言い出したりする。鍼灸を施すと、却って熱が出て夜眠れず亢奮したりする。下剤も禁忌で、動悸をしたり、むかついたりする、その場合舌苔のあるものは梔子豉湯(しししとう)をやるがよい。若し渇して水をほしがる症状が出たら白虎加人参湯をやる。若し脈浮で発熱し、渇して水を飲むことを欲し、小便が少ないものには猪苓湯が適する。

 本方は汗が多く出て渇するものには用いてはならない。本方は尿利を主とするものだからカゼの場合のように口が渇いても皮膚や呼吸から水分を発散する場合には本方で尿利をつける必要はないからである。
 本方は少陰病の薬方で、発熱、悪寒等の表証のあるものには用いず、それが慢性化して下痢を起こしたり、咳や嘔気があって口が渇いたり、動悸がしたり嘔気がしたりして夜眠れないような場合にはこの猪苓湯を用いるのである。

[かんどころ] 腎臓炎にはすべて本方をやってまず間違いない。膀胱や尿道など下部泌尿器病にも本方を用いるが、その場合にはむしろ竜胆瀉肝湯の方がよい。
[応用] 本方の腎臓病に効くことは驚くべきものである。腎炎が慢性化して蛋白尿を排出するものは現代医学では殆ど処置なしということになっている。なるほど副腎皮質ホルモンの類で蛋白も減っては来るが、副作用で副腎皮質を駄目にしてしまうので、あまり長期には使えないのでごく初期のものか、軽症のものにしか使えない。また腎炎があれば利尿剤は却って腎臓をいためつけるのでまずい。ところが本方によれば見事に蛋白尿が止まってネフローゼ(腎症)がなおるものである。早い場合は十日以内で蛋白が消失する。しかし副腎皮質ホルモンを長期連用したものは本方でも殆ど奏効しない。
 腎臓結石、輸尿管結石も本方をやると手術せずに殆どなおすことが出来る。
 血尿一般も本方で大抵なおるが、殊に流行性腎炎の血尿は見事に奏効する。

相見三郎著

   15.[方名] 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)

[出典] 傷寒論
[処方] 桃仁4.0 桂枝4.0 大黄1.0 芒硝3.0 甘草
[目標] 太陽病が全治しないままに陽明病に移行して、膀胱つまり骨盤臓器に炎症性疾患を生じ、子宮出血や膀胱出血を起こすが、その場合本方を用いて瘀血を除いてやれば癒おる。しかし発熱発汗など表証のある間は本方をやってはいけない。まず桂枝湯類で表証を治した後本方を用いるようにすべきである。表証がなくなった後で少腹急結の腹証のあるものには本方で攻めるようにするのである。本方はまた瘀血のため神経症状を起こして発狂状態になったものに用いてのぼせを下げて治す効がある。
[かんどころ] 本方の腹証は下腹部特にその左側に圧痛のあるもので、そんな場合には一般に用いて差し支えない。本方の腹証を探る場合、下腹部の該当部に軽く擦過するように触診してみると反応性に疼痛を訴えるか、または下肢を屈曲するから、比較的容易にわかる。

[応用] 本方の応用は非常に広汎で、枚挙にいとまがないが、一応適応症を上げてみると左の如くである。
 下肢神経痛。座骨神経痛を含めて膝関節足関節の神経痛などに腹証に応じて本方を投与すると、鎮痛剤を用いずして治する場合が多い。

 五十才女。下肢関節リウマチで歩行も不可能のものが本方を半年服用して普通に歩けるようになった。現代医学では脚気はビタミンB1の不足によると認められ、ビタミン剤を与えるが、本方を投与するだけでビタミン剤を一切用いずに脚気がなおる例は多数にあるところを見ると、脚気の本態はビタミン欠乏食のためではなく瘀血を原因とするビタミン利用能力の低下による症状ではないかと思われる。
 高血圧。本方で下る高血圧がかなり多い。結果的に見て高血圧には瘀血に原因するものが多いと言うことになる。その理由から本方によって脳溢血を予防することも可能である筈であるが、実験的にそれを強調する段階にない。低血圧症も本方によって正常値に恢復する例が多い。腰痛。本方の証のある人の腰痛は比較的簡単に治る。胃弱、胃下垂なども本方で良くなる場合が多い。
 ノイローゼ、躁鬱病等も本方で鎮静される場合が多い。
 其の他慢性腎炎、眼底出血、月経不順、顔面皮膚炎、耳鳴、蕁麻疹、顔面浮腫等。

相見三郎著


    16.[方名] 麻黄細辛附子湯(まおうさいしんぶしとう)

[出典] 傷寒論
[処方] 麻黄3.0 細辛3.0 附子0.5~1.0
[目標] 少陰病というのは脈微細、ただ寝ていたいという症状のもので、生活反応の活発でない状態で、急性の時期から慢性期に移行する病体の症状で、老年期にはいるとカゼの症状がいきなりこの少陰病になってしまう場合が少なくない。本方はこの少陰病で発熱して脈沈の者に適する。
[かんどころ] 老人でカゼの症状で発熱し咳をするものに用いる。

[応用] 本方は老人のカゼの方剤として有用である。
 細辛は宿飲停水を主治するもので、心下に水気があり、咳き込むものに細辛をやると、鎮咳作用を呈する。つまり本方はぜいぜいする咳をするもので、しかも太陽病でないもの、すなわち悪寒発熱頭痛などの急性症状のないものに適するもので、たとえば倦臥、かじかんだ形で臥床していて、小便清利、つまり水のように透んだ小便をするもの、といういかにも非科学的な観察のようだが、実際問題としていちいち小便の成分の定量分析をしているわけにはいかないので、かえって肉眼的検尿による証の判定というようなコツを再検討することもわれわれ現代医家の反省を促すことである。

 附子は陰証の用薬で、強心作用があり、新陳代謝の緩慢になったもの、生活力の減衰したものに用いて、血液循環を良くし、新陳代謝を亢進させる作用をするものであるから、本方は老人のカゼの薬というようなものでないことがわかるであろう。これが傷寒論でも本方に具体的な適応症を指定せず単に少陰病の処方と漠然と言っているわけである。
 麻黄は喘咳水気を治すとあって、すべて水腫浮腫粘液分泌過多の症状にて適する薬であるが、悪風悪寒といって外気にあうとぞくぞくする感じのするもの、また身疼骨節痛ともあるので、麻黄には自律神経亢奮に対する鎮静作用のあることも想像されるわけであるが、エフェドリンの迷走神経鎮静作用や覚醒剤としての応用から推測しても、本方の内臓諸器官に対する機能恢復の作用があることが推測される。

 七十二才男。十日前からカゼをひいて頭痛発熱し、咳が出たが、それが喘息になってしまった。本方を投与したら即効があり、同時に腰痛もなおってしまった。

相見三郎

    17[方名] 木防已湯(もくぼういとう)

[出典] 金匱要略
[処方] 木防已4.0 石膏10.0 桂枝4.0 人参3.0
[目標] 隔問支飲であるから心下部が張ってぜいぜいする、他覚的には胸骨下で上腹部を圧すると痞(つかえる)堅(かたい)していて、面色黧黒(れいこく)黒ずんでいて、脈は沈んで緊張しているような体質(証)のもので、病症そのものは慢性または亜急性のものに適する。要するに本方は水毒を駆うもので、皮下水腫及び組織間浮腫を治するものである。
[かんどころ] 身体殊に下半身に浮腫のあるもので、上腹部に抵抗を蝕れるものに用いる。

[応用] 下肢浮腫。この木防已湯が下肢の浮腫にきくことは不思議なほどである。西洋医学では下肢の浮腫を診た場合、まず何病によるかを診断することが絶対必要である。脚気か、静脈塞栓か、骨盤部の癌か、婦人科的疾患か、象皮病か、兎に角その診断をつけるだけでも容易のわざではない。ところが漢方ではまず本方をやって治療する。原因的研究はその後でもよいわけである。

 六十才男。原因不明の下腿浮腫がある。本方投与。一週間後診察した時には全然浮腫はとれていた。
 腎炎ネフローゼ。五十才女。腎炎ネフローゼで蛋白尿はほとんどとれたが、下肢に浮腫があり、歩行にも不自由である。本方を与えたところ十日間で浮腫がとれ、足が軽くなった。
 冷え症。むくみはないが、腰がら下が冷えるものに本方をやったら冷えがとれた。やはり水毒のせいで冷えていたらしい。
 坐骨神経痛。五十才女。坐骨神経痛で寝たきりでいた。本方を与えたところ、十日目頃には神経痛はなおって外来に来られるようになり、家事に差支なくなった。
 足の捻挫で歩行の不自由なものに本方を与えたところ、腫れがひいて痛みも取れた。 高血圧症で下肢の浮腫を伴うものには通常八味丸が適するものであるが、本方で下肢の浮腫を除いてやると、高血圧症も同時に治るものがある。
 痛風。六十オ男。会社々長。両足関節痛風で各大学病院で治療を受けたが無効なばかりでなく却って悪化する。歩行も出来ないものに本方をやったところ、一時は痛みがひどくなって文句を言われたが、一ヵ月分で全治に近い効果を得た。

[類方] 防已黄耆湯、防已茯苓湯

相見三郎

    18[方名] 苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)

〔出典〕 傷寒論
〔処方〕 茯苓4.0 桂枝4.0 甘草2.0 大棗4.0
〔目標〕 発汗後、臍下に動悸するものは奔豚(ほんとん)の前徴で、本方の主治である。奔豚は今日の医学的病名の何にあたるものかは不明であるが、おそらく痙攀を伴うヒステリーに類するものであろう。
〔かんどころ〕 ヒステリー性格の人で発作性に失神を起こしたりするもの。

〔応用〕本方は苓桂朮甘湯の朮を去り大棗を加えたもので、ほぼその応用も似たようなものであるが、朮がないことよりして利尿作用を期待することは出来ない。しかし大棗は攀急をおさめる作用があるので、すべて痙攀拘攀の症状を緩解するのに適するのである。腹証としては直腹筋の拘攀であるが、芍薬がないから表面に浮いたものでなく、深いところにすじ張ったもので、一寸触診したところでは軟弱な腹である。
 茯苓は水をめぐらす効の著しいもので、小便を利し、腠理(そうり)つまり皮膚の汗腺皮脂腺を開いて皮膚呼吸をよくし、体温を調節する、唾液胃液の分泌を促し、のぼせを下げる、下痢を治し、動悸を静める。眩暈は胃下垂症で胃に水分の停滞することによって起こる場合が多いから、その種のめまいを治する、更に興味のあることは精神を鎮静する作用のあることである。魄を定め魂を安ず、憂愁驚悸を治すというのだから妙である。もっともこの茯苓は松根の霊気結して成るといわれるもので、仙薬の類であるからさもあろうと思われる。
 大棗は攀引強急を治するとあって、筋弛緩剤に類するものであるから、咳嗽、煩躁、身疼腹中痛やこの奔豚を目標とするものには大棗が入っている。しかし甘麦大棗湯の場合の大棗は心脾を補う効があり、本方の場合には本剤の水を逐う作用が発揮されるといわれている。
 桂枝は上衝を主治し、甘草は緩和薬の代表とされている。

 奔豚の治方には本方の他に桂枝加桂湯がある。此の方は塊物が下腹部から心下部へ衝き上げてくる疼痛に適するものである。狭心症の症状に相当する。

 六十才女。作家で狭心症の発作がある。大学病院で二、三年の寿命を宣告された。本方を与えたが、その後発作なく、健在で執筆中。
 七十才男。毎日一、二回発作性に失神を起こす。本方二十日分服用して全治した。
 二十才女。狂乱状態のものに本方を継続服用させて全治、現在無事会社に出勤している。

相見三郎

   19〔方名〕 乙字湯(おつじとう)

〔出典〕 叢桂亭醫事小言(そうけいていいじしょうげん)(原南陽)
〔処方〕 当帰6.0 柴胡5.0 黄芩3.0 甘草2.0 升麻1.5 大黄1.0
〔目標〕 肛門の疼痛、痔出血、痔核腫脹、陰部瘙痒、軽度の脱肛、皮膚病内攻による神経症、血便。
〔かんどころ〕 あらゆる痔に試みるべき処方で、痛みが激しいときには甘草を増量し、大黄は便通の具合によって加減する。しかし下痢のある場合には用いない方がよい。

〔応用〕 痔に本方を用いても効のないことがある。こんな時には駆瘀血剤を証によって合方するか、または丸、散剤で兼用すると著効を得る。一例を示すと冷え性で貧血気味、本方の大黄を減量しても下痢して困るものには当帰芍薬散を。炎症が強く肛門周囲の充血が著明なときには桃核承気丸、それほどでもなければ桂枝茯苓丸という具合に。
 また本方は陰部や肛門周囲のそう痒症に奇効のあることがある。ただし女子のトリコモナスに起因するものには無効、こんな時は竜胆瀉肝湯が効くこともある。
 頑固な皮膚病に強い刺激性の外用薬を用いてこれが内攻し、精神不安、逆上、頭重などの神経症状を訴える場合にも効くことがある。

〔治験〕 三二才の主婦、すでに五回の分娩を経験しており、初産の直後から切れ痔で出血が続いたという。頻回の分娩で痔は益々悪化するばかり。座薬などは全くうけつけない。五回目の分娩後は軽い脱肛を伴い頭重、便秘、冷え性がとくに著しい。万策つきて相談に来たので乙字湯を煎剤にし、当帰芍薬散の原末を一日量3.0として散を湯でのませることにした。大黄1.0で一週間続けたが便通が思わしくないので0.5増量。その後消息不明であったが、後日会ったら三週間で全治し、それから半年間全く痛苦を忘れたと喜んでいた。
 五三才の男子、三年ごしの疥癬で悩んでいたが、少しもよくならないので友人のすすめで水銀軟膏に硫黄華を混じたものを素人療法で塗ったところ五日ほどで患部がよくなったのに力を得て、広範囲に使用したら不眠、頭重、動悸を訴え、食欲なく便秘してしまった。来診時、上腹部膨満、胸内不穏で脈は力があったので大柴胡湯を投じたところ、便通があって上腹部膨満はとれたが他の症状は変わらない。そこで乙字湯に転方したら、こうせいげかん一週間で主訴は消失した。

石原 明

   20〔方名〕 香川解毒散(かがわげどくさん)

〔出典〕 一本堂方函(香川修庵)
〔処方〕 茯苓5.0 山帰来4.0 木通4.0 川芎3.0 忍冬3.0 甘草1.0 大黄1.0
〔目標〕 梅毒諸症、初期硬結、梅毒疹、軟性下疳、横痃、梅毒性神経痛、淋疾。
〔かんどころ〕 梅毒のあらゆる時期に連服してよく、名のように毒を去る効がある。性病すべてに持薬として用いるとよい。本方の連用は化学療法の効果を助長する。ただし本方は、性病以外の原因で衰弱したり、発熱、みずおちのつかえなどあるものには適さない。これらの症状を去ってから用いないとかえってこれらの症状が悪化することがある。

〔応用〕 本方類似のものが古くから各地に家伝薬として伝えられている。梅毒疹、横痃、硬性下疳などには荊芥、連翹、防風各3.0を加えるとなおよい。梅毒による眼疾、とくに角膜炎を併発した時には滑石4.0、車前子、防風、桔梗各3.0、菊花2.0を加えて用い、梅毒性神経痛の際には桂枝、大黄各2.0に注意して附子を0.5以上加えるか、または桂枝加朮湯を合方する。扁平コンジロームには本方に十味敗毒散または黄連解毒散(いずれも原末)を兼用するとよいことがある。淋疾には滑石4.0、車前子3.0、阿膠2.0を加えるとよく、急性期で血尿があれば猪苓湯と合方してもよい。私は本方を使用するときに忍冬の代わりに金銀花を配する。この方がのみやすいようである。いずれにせよ、お茶代わりに長期続けなければ効果がない。

〔治験〕 二十七才の漁師、慢性の淋疾にかかり仕事と経済上の理由で徹底した治療を続けることが出来ない。出漁すると痛くなるが他人にはいえず金もない。何とか助けてくれというので本方を教えたところ、自分で材料を仕入れてきてお茶代わりにのんでいた。続けていると痛みもなく、淋糸も膿球もなくなるが、一週間も休むとまたもとにもどる。一年ばかり連服したが中止するとまたいけない。そのうちにようやく時間と金が出来たので、現代医療と併用しながら五年ごしの淋疾が三ヶ月ほどでようやく根治した。この例のように本方は性病の体質改善には役立つが、決して本方のみで根治するものではないから、あくまで現代医療の補助として併用すべきである。   

石原 明